第50話 【攻略組視点】蒼の幻獣の噂を追って
ヴェルムスの中心大通りは、今日も冒険者と商人、そしてNPCの活気であふれていた。
その一角、とある甘味処の二階席。木製のテーブルを囲み、十数名の冒険者たちが腰を下ろしている。
彼らの胸元には共通の紋章――白銀の肉球の意匠。
攻略組テイマーギルド、《モフモフ同盟》。
「それで?」
テーブルの中央で肘をつき、長い金髪を揺らす女性――ギルドマスター、フェリシアが声を上げる。
その視線はキラキラと輝いていた。だが輝きの理由は、決して攻略情報への期待などではない。
「――モフモフの噂は集まった!?」
「……いや、あんたね」
すかさず横からため息を吐くのはフェリシアの友人、イレーネ。黒髪をひとつにまとめ、眼鏡を押し上げながら冷静に続ける。
「正しくは“蒼の幻獣の噂”でしょ。モフモフ呼ばわりはどうかと思うわよ」
「だってぇ!」
フェリシアがテーブルに身を乗り出す。
「蒼白い光をまとった狐みたいな姿なんでしょ? つまり、ふわっふわの毛があるに決まってるじゃない!」
「会議の冒頭からブレすぎなんだよ……」
男性陣の一人、サブマスターのドランが苦々しげに呟いた。
「俺たちは攻略組だ。蒼の幻獣を最初に発見してテイムできれば、《煌光の翼》や《黒翼の誓約》にだって肩を並べられる。それが本来の目的のはずだろ」
「名誉とか功績よりも!」
「「「モフモフ!!」」」
女性団員たちのハモりに、甘味処の客が一瞬振り返る。
だが当人たちは気にせず、目を輝かせたまま続けた。
「……お前ら、もはや目的ブレすぎだろ」
ドランが額を押さえる。
「“攻略組”のはずなのに、掛け声が“モフモフ”ってどういうことだよ……」
「いや、マジで毎回このノリなのに、何で実際のクエスト成功率は高いんだよ……」
「普通に強いのが一番意味わかんねぇんだよな、うち……」
男性陣からは戸惑いと嘆きが漏れる。
だがフェリシアはおかまいなしに胸を張り、金髪をふわりと揺らして言い放った。
「勝てるわ! モフモフは世界を救うのよ!」
「「「いや意味わかんねぇ!!」」」
男性陣の総ツッコミが、甘味処の二階に響き渡った。
「はあ……それで、噂の収穫は?」
イレーネが視線を巡らせる。
「西門近くの農夫NPCが、“森の奥で青白い光を見た”って言ってました!」
「でも“月明かりのせいかもしれない”とも言ってたんですよねー」
「こっちは宿屋の主人NPCです。“傷だらけの冒険者が、青白い狐に導かれて戻ってきた”って……まあ、飲みすぎた客の与太話みたいでしたけど」
「全部、証言がフワフワすぎるな」
ドランが頭をかきむしる。
「これじゃあ功績どころか、それ以前の問題だ。実際に姿を見た奴はいねえのかよ」
「モフモフの話が聞けただけで十分です!」
「わかるー! 尻尾か耳か、どっちがモフモフしてるのか気になる!!」
「両方に決まってます! 妥協はなしです!」
「はぁ……」
イレーネのため息が二度目。
「……だから女性陣は“モフりたい”だけなのよ。ドラン、アンタとは別の意味で噛み合ってないわ」
「わかってるさ」
ドランは苦々しい顔で腕を組んだ。
「正直、俺からしても呆れる部分ばっかりだ。だが……テイマーが集まったギルドなんて他にもあるが、その中で頭一つ抜けてるのは事実なんだよな」
彼はちらりと女性陣を見やり、ため息をつく。
「男は功績を狙って攻略に打ち込む。女は女でモフモフへの執念が異常に強い。……この二つが合わさってるから、結局どこも勝てないんだ」
その言葉に女性陣は胸を張り、誇らしげに声を揃えた。
「「「モフモフは裏切らない!!」」」
「いや、裏切るとかそういう話じゃねえだろ……」
ドランは額を押さえ、思わず天を仰いだ。
「なんというか、あなたも苦労してるわね」
イレーネが小さく笑う。
「攻略に必死な連中と、モフモフ命な連中。どっちも本気だから、まとめるのは大変でしょ」
「……笑えねぇけど、否定もできねぇな」
ドランのぼやきに、イレーネは肩をすくめて頷いた。
「しかも、その筆頭がギルドマスターのフェリシアなんだから、余計にね」
「……あいつが一番モフモフ命だからな……」
ドランが深いため息を吐くと、テーブルの向こうで聞き耳を立てていたフェリシアが身を乗り出す。
「ちょっと! 聞こえてるわよ! でも間違ってないから反論できないのが悔しい!」
イレーネとドランが同時にため息をついた。
その光景は、まるでこのギルドの日常を象徴しているかのようだった。
「……で、本題に戻るが」
ドランがわざと声を張る。
「結局、今日集まった噂でまともなのは“森の奥で光を見た”と“狐に導かれた冒険者がいた”の二つ。どっちも決定打には程遠い」
「まあ、そりゃそうよね」
イレーネが腕を組み、冷静に言葉を継ぐ。
「伝承や噂って、もともと尾ひれがついて広まるものだし」
「でも!」
フェリシアが両手をばっと広げる。
「モフモフの可能性がゼロじゃない限り、私たちが調べる意味はあるのよ!」
「……なぁ、イレーネ」
「なによ」
「やっぱこいつ、ギルマスの器じゃねぇだろ」
「でもアンタ、このノリに付き合えてるから副マスの器ではあるのよ」
「……やめろ、なんか褒められてる気がしねえ」
周囲から小さな笑いが漏れる。女性団員は「確かに」と頷き、男性陣は肩をすくめた。
「いいか、みんな」
ドランは再びテーブルに肘をつき、真剣な眼差しを巡らせる。
「幻獣を最初にテイムしたギルドは、一気に名前が売れる。間違いなく《煌光の翼》や《黒翼の誓約》に食らいつけるチャンスだ。俺たちが笑いものになるか、名実ともにトップに上がれるかは、そこにかかってる」
「攻略厨モード入りましたー」
「おい茶化すな」
女性団員の軽口に、ドランは小さく舌打ちする。
だが、その緊張感すら打ち砕くように、フェリシアが身を乗り出した。
「つまり……!」
「……なんだよ」
「幻獣は“超モフモフ”ってことじゃない!!」
「…………」
「…………」
「「「いやどうしてそうなる!!」」」
男性陣の総ツッコミが再び飛び、甘味処の店員がぎょっとして振り返った。
イレーネが慌てて手を振って「すみません」と謝る。
それでもフェリシアは満面の笑みで言い切った。
「だって狐よ!? ふわふわの尻尾、絶対あるでしょ! しかも蒼白く光るんでしょ!? それを最初にモフるのは、私たち《モフモフ同盟》の使命よ!!」
「……使命って言葉の使い方間違ってるだろ」
「いや、でも“モフるためにここまで強くなった”って言われたら、納得しちゃうんだよな」
「やめろ、余計説得力出るだろ」
男性陣が次々に突っ込みを入れる中、女性陣は「使命だ使命!」と盛り上がり、店の二階は小さな混沌の渦と化した。
そんな騒ぎの中、イレーネは眼鏡を押し上げ、静かに息を吐く。
「……ほんと、アンタたちと一緒にいると疲れるわ」
「でもよ」
ドランが低い声で応じる。
「こうしてガチャガチャ言いながらも、結局みんな本気なんだ。幻獣を追いかける意味はそれぞれ違うが――同じ方向に走ってる」
「……まあ、それは認めるわ」
イレーネの目元に、わずかに笑みが浮かぶ。
「よし!」
フェリシアが勢いよく立ち上がった。
「次は市場に行くわよ! 噂があるなら片っ端から拾うの! どんな些細な話でも“モフモフ”につながる可能性はゼロじゃない!」
「いや、だからモフモフ優先すんなって!」
「功績のために動いてんだろ!」
「功績=モフモフでしょ!?」
「違ぇよ!!!」
ツッコミと叫びが飛び交う。
その様子を見ていた甘味処の店員が、呆れたように笑みを漏らした。
そして最後に、フェリシアは両腕を広げて高らかに叫ぶ。
「どこよ――私のモフモフはーーーーっ!!!」
女性陣は「おーー!!!」と拳を突き上げ、男性陣は頭を抱える。
甘味処二階は、今日もまた《モフモフ同盟》らしい騒がしさに包まれていた。