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癒し目的で始めたVRMMO、なぜか最強になっていた。  作者: branche_noir
1章 焚き火の始まり、仔竜との出会い
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第4話 【妹視点】焚き火の向こうにいるお兄ちゃん

 朝の台所。

 トースターの軽い音と、マグカップに注がれるミルクの音。

 陽の差す窓辺で、佐伯紗良は椅子に座りながらスマホを覗き込んでいた。


「……やっぱり、バズってるなあ」


 指先でスクロールしているのは、VRMMO《Everdawn Online》のユーザー掲示板。いま最も勢いのあるスレッドは、昨夜から話題の「銀色の仔竜を肩に乗せた男」についてのものだった。


『肉を焼いてた』

『フードに潜ってた』

『森から出てこない』

『誰とも話さず森の奥で生活してる』


 彼女は画面に映る遠目のスクリーンショットを見て、ふぅと短く息を吐く。


「……まさかね」


 でも、心のどこかで確信していた。


 その男――プレイヤー“ユウ”が、自分の兄だということを。


_________


 兄は、ずっと疲れていた。


 目の下には常に隈があり、口数も少なくて、たまの休日も無気力に過ごしていた。

 大学を出て会社に就職してから、ずっと忙しそうで、けれど何ひとつ“楽しそう”な姿を見たことがなかった。


 学生の頃は、もっと笑っていた。

 休みがあれば登山に行き、キャンプに行き、楽しそうにしていた。


 なのに社会人になってからは――


『キャンプなんて行く気力もねえよ、もう』


 それが、ある夜ぽろりと漏れた兄の言葉だった。


 それが、胸にずっと引っかかっていた。



 だからだった。

 《Everdawn Online》のベータテストに参加していた彼女が、特典アカウントを誰に譲るかと聞かれたとき――迷わず「兄に」と言ったのは。


 このゲームは、戦うだけじゃない。

 生活スキルで生きていける。

 焚き火もできるし、テントも張れるし、魚も釣れる。

 何より――人と関わらずに、静かに“自然の中”にいられる。


 それはきっと、兄がいま一番欲しがっている“場所”じゃないかと思った。


 だから、何気ないふりをしてアカウントを渡した。


『別にいいんだよ。無理にレベル上げしなくても。キャンプだけしてても、ちょっとは癒されるよ』


 そんな風に言って――心の中ではずっと、願っていた。


 ゲームの中だけでも、兄が少しでも笑ってくれたら。


__________


「……これで、正解だったのかな」


 朝のテーブルで、ぬるくなったカフェオレを飲みながら、紗良はまたスマホに目を戻す。


 スレは相変わらず盛り上がっている。

 謎の竜、肉を焼く男、誰とも話さない孤高のプレイヤー。


 中には「運営の人間説」「特殊NPC」「β版の隠しクエスト」なんて憶測まで飛び交っている。


「違うよ。あれは、ただのお兄ちゃんだよ」


 声に出して呟いたその言葉に、ほんの少しだけ胸が温かくなった。


 ふと、紗良はスマホを置き、静かに窓の外を眺めた。

 空は澄んでいて、木々の葉が朝の光に揺れている。


「ねえ、お兄ちゃん……今、どんな顔してるの?」


 きっと、焚き火を囲んで、何も考えずに座ってる。

 ちょっと気の抜けた顔で、でも、穏やかな目で。


 隣には、あの仔竜がいる。


 たぶん、フードの中で丸くなって寝ているんだろう。


 ゲームの中でしか手に入らない静けさ。

 でもそれが、今のお兄ちゃんにとっての“現実より大切な場所”なら――


「だったら、少しくらい心配は……我慢してもいいか」


 小さく微笑んで、紗良は残ったカフェオレを飲み干した。


________


 一方そのころ、ゲーム内。


 森の木陰で、ユウはルゥを膝に抱えたまま、焚き火の揺らめきを見つめていた。

 何も喋らない。誰とも会わない。ただ、そこに“居る”だけ。


 肩に乗ったルゥが、小さく鳴いて頭をすり寄せる。

 ユウはそれに気づいて、ふわりと微笑んだ。


「……あったかいな」


 現実でも、仮想でも。


 焚き火の灯りは、きっと、誰かの心を照らしている。


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