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癒し目的で始めたVRMMO、なぜか最強になっていた。  作者: branche_noir
2章 大都市ヴェルムスと蒼の幻獣
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第46話 湖畔への帰還

 グラナート商会での話し合いを終えると、ユウは深く息を吐いた。買い物も済み、依頼も決まった。胸の奥にまだ驚きと余韻は残っていたが、ひとまず区切りはついたのだ。


「それじゃあ、そろそろ戻ります」


 そう口にすると、グラナートは白い髭を撫で、にこやかに笑った。


「うむ。儂もこれから別の客人と会う予定があっての。ここでお主らと別れるのがちょうど良かろう」


「今日は色々と、本当にありがとうございました」


 ユウが頭を下げると、グラナートは掌をひらりと振った。


「気にするでない。――誰か、馬車を一台用意してやってくれ」


 控えていた部下が一礼し、足早に部屋を出ていく。ほどなくして、グラナート商会の前には、行きと同じような漆黒の車体の馬車が整えられていた。


「湖畔の入口まで送らせよう。帰り道も安心じゃろう」


「最後まで助かります」


 ユウが頭を下げると、ルゥが「ぴぃ!」と鳴きながらグラナートに寄っていった。小さな体をぐいっと押し付けるようにして、まるで礼を言っているかのようだ。

 セレスもゆっくりと近づいていき、静かに首を垂れて蒼い瞳を細める。その仕草は言葉こそないが、確かな感謝の証だった。


「ふふ……お礼を言っているのかの」


 グラナートは慎重に二匹の頭に手を伸ばし、それぞれをやさしく撫でる。白い髭が揺れ、表情はいつも以上に柔らかい。


 ルゥは「ぴぃ」と短く鳴き、撫でられる感触に小さく身を揺らした。嬉しそうではあるが、普段ユウに撫でられたときのように尻尾を振り回したり飛びついたりはしない。控えめに、それでもしっかりと好意を示す仕草だった。


 一方のセレスは静かに瞼を伏せ、頬をそっと手に寄せる。その姿は甘えるというよりも、落ち着いた感謝の証のようで、気品すら漂っていた。


 撫でながら、グラナートは目を細める。


「……なるほどのう。こうして触れさせてもらえるのは信頼を感じれて嬉しいが――やはり、お主が一番なのじゃろうな」


 その言葉に、ルゥは耳をぴくりと動かすと、ちょこちょこと足を運んでユウのもとへ戻ってきた。前足で膝をぽすぽす叩き、赤い瞳を輝かせる。――まるで「グラナートの次はユウの番だ」と言っているようだった。


 ユウは苦笑して、ルゥの頭を撫でた。


「……どうなんですかね。ただ、そうだとしたら嬉しいです」


「うむ。その反応を見れば、答えは明らかじゃろう」


 グラナートは大きく頷き、撫でた手を膝の上に戻した。


「仔竜も幻獣も、誰でも彼でもに懐くものではないじゃろう。懐くのは、心の拠り所と決めた相手だけじゃ。……羨ましいことよ」


 セレスは尾を揺らしながら、その言葉を静かに受け止めているようだった。ルゥもユウの膝に寄り添い、赤い瞳を細める。


 そんな二匹の様子に、ユウの胸の奥は自然と温かさで満たされていった。


 そんなやり取りを経て、グラナートと応接室で別れ、ユウたちは商会の入口へと降りていく。外にはすでに馬車が待機しており、夕暮れの光を反射して漆黒の車体が煌めいていた。


 馬車に乗り込む前に、ユウは荷物をまとめていく。肉、調味料、鉄板、小鍋、保存容器、リクライニング椅子――今日手に入れた品々をひとつずつ手に取り、インベントリに収めていく。


 かごに山と積まれていた品々は、光の粒となってすうっと吸い込まれ、虚空に溶けるように消えていった。


「何度見ても、不思議な感じだな」


 ユウが呟くと、ルゥが「ぴぃ!」と鳴きながら光を追いかけて跳ね回る。小さな仔竜の翼がひらひらと舞い、前足で光を掴もうとばたつかせる仕草に思わず笑みがこぼれた。セレスは落ち着いた様子で横に並び、静かに尾を揺らして収納するのを待っていた。


 やがて、すべてを収納し終えると、ユウはルゥとセレスとともに馬車へと乗り込み、湖畔を目指して出発した。


 大都市ヴェルムスの石畳が遠ざかり、夕暮れの空が群青色へとゆるやかに変わっていく。馬車の車輪は規則正しい音を立て、街道の風景を流していった。


 やがて湖畔が近づくと、馬車は森の入口で止まった。ユウたちはそこを降り、御者に礼をする。御者は軽く会釈し、手綱を捌いて街へと戻っていった。


 森を抜け、視界がぱっと開けた。

 枝葉の切れ間から差し込む夕陽が、湖面を金色に染めている。


 水辺からは涼やかな風が吹き抜け、木々の匂いに混じって懐かしいような湖の香りが漂ってくる。


 その景色を前に、ユウは足を止め、深く息を吸い込んだ。


「……帰ってきたな」


 隣でルゥが「ぴぃ!」と弾むように鳴き、セレスは静かに尾を揺らした。

 セレスは静かに首を傾け、尾を揺らして周囲の空気を確かめるようにした。


 街へ向かってから戻ってくるまで、実際にはそう長い時間は経っていない。

 けれど、買い物に取引の話と、色濃い出来事が続いたせいで、湖畔に立った今は思わず「帰ってきた」と口にしたくなる。


「しかしまあ、やっぱり落ち着くよな……」


 ユウはいつも焚き火を起こし拠点としている場所に歩み寄り、腰を下ろす。ここが自分たちの“帰る場所”であることを、あらためて実感する。


 ふと、インベントリの中に収めたロックボアの肉を思い出した。

 《湖塩》と《黒胡椒》もある。あの厚切りの肉に塩こしょうをして焚き火で焼けば――きっと格別の一皿になるだろう。


 やっぱり、湖畔に戻ってきて真っ先に思いつくことといえば――ご飯を作ることだった。


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