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癒し目的で始めたVRMMO、なぜか最強になっていた。  作者: branche_noir
2章 大都市ヴェルムスと蒼の幻獣
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第41話 調味料と会員制の落ち着き

 次に調味棚。

 ガラス瓶の並ぶ列に、セレスがふわりと近づいた。蒼い瞳が一本の瓶で止まり、尾がゆるく左右に揺れる。

 ラベルには《乾燥シトレラ》。爽やかな香気を放つ葉は、湖畔の食卓には欠かせない香草だった。


 隣の棚には、色とりどりの瓶や袋が整然と並んでいる。琥珀色の《蜂蜜酒の煮詰め》は甘味料として、肉の照り焼きにも使えると札に記されている。粒が大ぶりで艶やかな《黒胡椒》は、磨かれた銀の筒に詰められ、ただの香辛料以上の存在感を放っていた。


 さらに目を引いたのは、薄金色にきらめく結晶《湖塩》。特殊な湖から蒸留されたもので、不純物が少なく料理の味を引き立てると説明されている。


 他にも、いろいろな瓶が並び、どれも一振りするだけで料理の幅が一気に広がりそうだった。


 セレスは《黒胡椒》の瓶の前で立ち止まり、蒼い瞳を細めてじっと見つめる。ルゥは横から顔を突っ込み、《蜂蜜酒の煮詰め》の甘い香りに釣られて鼻をひくひくさせた。


「……肉と香草に加えて、これもあれば味付けが一気に広がるかもな」


 ユウは苦笑しながら、ルゥとセレスの「推薦」をカゴに収めていった。


 さらに乾物棚では、ユウの手が《燻香樹のチップ》に止まった。


「これ、肉を軽く燻せば風味が乗るやつですよね」


「はい。短時間でも香りが移ります。魚にも合いますよ」と店員。


 ユウは思わず笑みを洩らす。


「魚はしばらく見たくない気分だったけど……いや、燻してみるのはアリか」


 ルゥが「ぴ?」と首を傾げ、セレスが目だけで「それも良い」と言うようにまばたきをした。


 他にも色々と気になったものを買っていくどれも量は控えめ。けれど、拠点でしばらく困らない程度には充実した内容になっていった。


 包みがひとつ、またひとつと籠に重なる間も、ホールは静けさを保っていた。

 通り過ぎる執事が、ユウの籠にちらりと目をやり――次の瞬間、ごく自然に会釈をした。その礼は露骨な詮索ではなく、「良い選び方だ」とでも告げる控えめな敬意に近い。


 遠くで、交易商と助手が穀物の粒を指先で転がし、囁き合う。

「……粒の質良し」

「はい。帳に“上”で記載しておきます」

 声は小さい。だが、誤魔化しが利かぬ品を相手に仕事をしているという、落ち着いた確かな気配があった。


 ヴェールの婦人は香り瓶を二つ手に、侍女へ短く指示する。

「こちらは今宵。もう一つは来客用に。支度部屋に」

 侍女は「かしこまりました」と、空気を乱さぬ早さで礼を返す。


 ――乱雑な声も、押し問答もない。ここにいるのは、静かに選び、静かに去っていく者たちだけ。


(会員制って、こういう落ち着きに価値があるんだろうなー)


 ユウは胸の内でうなずいた。


「他に必要なものは?」


 グラナートの問いに、ユウは籠の中身を見直す。

 気になるものを色々選んでいたら、気づけば結構な量になっていた。


「……あの、ちょっと取りすぎたかもしれません。すみません」


 思わず自身の財布を心配して頭を下げるユウに、老人はくつくつと笑みを漏らした。


「気にするな。それだけ魅力的な品を揃えておる、という証じゃ。商人としてはむしろ誇らしいことよ」


 その言葉にユウは息を吐き、改めて籠を抱え直した。


「……ひとまずは十分です。あとは、拠点に戻ってから色々試します」


「うむ。支払いは儂が引き受けよう。初来店の祝いとしてな――商会の面目というやつじゃ」


 ユウは思わず姿勢を正した。


「本当に、ありがとうございます」


「礼は要らぬ。これも縁あってのことよ。……それに、お主にはいずれ依頼の形で、商会へ力を貸してもらう場面も出てこよう。持ちつ持たれつ、だ」


 老人はさらりと告げる。その調子は、施しではなく対等な取り引きを見据える商人のものだった。


 ユウの籠に、ルゥがひょいと前足を掛けて覗き込み、「ぴぃ!」と満足そうに鳴く。セレスも視線を落とし、わずかに尾を揺らした。


「では、一階はこのくらいにして――」


 グラナートが軽く手を叩く。


「二階へ上がろう。雑貨や生活道具のあるフロアじゃ。……従魔用の手入れ道具も多数そろえてある。蒼の幻獣や仔竜にふさわしい品もな」


グラナートが笑みを浮かべながらユウに告げる。


「手入れ道具……!」


 ユウが思わずセレスを見やると、蒼い耳がぴんと立ち、尾がふわりと大きく揺れた。


 ルゥは「ぴ?」と首をかしげ――次の瞬間、あわてて胸を張る。


(自分の分もあるよな?)と言いたげな、分かりやすい訴えにユウは笑ってしまう。


「大丈夫だ。ルゥにも爪とぎ用の道具とか、鱗に優しいオイルとかいろいろ見てみような」


「ぴぃ!」


 グラナートは愉快そうに目を細めた。


「よろしい。――では、こちらだ」


 ユウは籠を持ち直し、セレスとルゥと並んで、一段、また一段と踏み出した。


 そこは“暮らしを整える”ための品々のフロア。衣服や家具、日用品の合間に、ルゥやセレスのための手入れ道具も整然と並んでいるのだろう。

 胸の奥に、大きな期待がふくらんだ。


(セレスの毛並み、もっとふわふわにしてやりたいし。ルゥも気持ちよく過ごせる道具があればいいな)


 騒がしい街の中にあって、ここだけは不思議と焚き火のそばのように落ち着く。

 そんな感覚を抱きながら、ユウは二階へと歩みを進めた。


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― 新着の感想 ―
この細かい気遣いが仲良くなる秘訣なんだろうね
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