第3話 仔竜とキャンプと掲示板
朝日が森に差し込み、葉の先が露で濡れていた。
ユウは小川の水で顔を洗いながら、深く息を吸い込む。
草と土と、冷たい水の匂い。
朝の森は、どこまでも静かで、どこまでも満ちていた。
昨日の夜、共に眠った仔竜――ルゥは、もう起きていて、彼の荷袋の中から顔を出していた。
赤い瞳がきらきらと光り、小さな翼をひょいと広げて朝の光を浴びている。
「……本当に、どこから来たんだ、おまえ」
ルゥは返事をせず、かわりに「ぴぃ」と小さく鳴いた。
焚き火を組み直し、残っていた兎肉を焼く。
ルゥはユウの膝に乗って、焼き上がるのをじっと見つめていた。
香ばしい匂いが漂うと、ルゥが鼻をひくつかせる。
「熱いから待てよ」
その言葉にルゥは耳をぴくんと動かし、でもじっと待つ。
まるで犬のようでもあり、猫のようでもある。
焼き上がった肉を冷ましてから、葉にのせて差し出す。
ルゥはきれいに姿勢を正してから、ぱくりと口に運んだ。
もぐもぐと食べる姿を眺めていると、不思議な気持ちになる。
これは本当にゲームなのか、と。
ユウは、焼きたてのパンを齧りながら、ぽつりと呟いた。
「……キャンプって、最高だな」
朝食を終えると、ユウは森の中を少しだけ散策することにした。
とはいえ、特別な目的があるわけではない。焚き火の材料になる枯れ枝を集めたり、食べられそうな果実を探したりする程度だ。
ルゥはというと、彼の肩にぴょこんと飛び乗り、しっかりとバランスを取りながら付いてくる。
「おまえ、器用だな……」
ユウがそう言うと、ルゥは得意げに尻尾をゆらゆらと振った。
木の根元で見つけたキノコを慎重に観察する。
ステータス表示を開くと、《毒性なし・食用》と表示されていた。
「お、これは焼いて食えるな」
小さな収穫をひとつ袋に収めてから、ふと見上げると――ルゥが、ひとりで木に登ろうとしていた。
前足をかけ、後ろ脚で地面を蹴る。
小さな翼をばたばたと動かしながら、ずるずると登っていく。
「無理すんなよー……あ」
ルゥは途中で足を滑らせ、ユウの胸元にぽふっと落ちてきた。
「はは……まだ飛べないんだな」
そのままユウの腕にしがみついて、ルゥは「ぴぃ」と短く鳴いた。
まるで「悔しい」とでも言いたげに。
「大丈夫。いつか飛べる日も来るだろ」
ルゥの頭を軽く撫でながら、ユウは木陰に腰を下ろした。
荷袋から布を取り出し、簡易シートを広げる。
柔らかな土と草の感触、木漏れ日。
その中で、彼はただ、火のない焚き火跡をぼんやりと眺めていた。
「……なんにもないのに、こんなに落ち着くなんてな」
そう呟いたユウの膝の上で、ルゥはまた丸くなって目を閉じた。
一方そのころ。
初期村の広場に設置された“掲示板端末”――いわゆる《冒険者BBS》には、妙なスレッドが立っていた。
【速報】初期村の裏手で竜っぽいの連れてるプレイヤー見たんだが
1: 無名の冒険者A
肩にちっちゃい銀色のやつ乗ってた。翼あって鱗も見えた。火使ってたけど、あれ絶対ドラゴンだろ
2: 斧しか信じない者
はい嘘乙。初期村で竜なんて湧かねえよ。あとお前、酒飲んでただろ?
3: モンスター観察勢
いや、俺も見た。森で肉焼いてる男の肩にのってた。竜ってか……あれ、竜だな。
4: 無職ナイト
焚き火で肉……って誰得RPだよwww
あとその竜、フードに潜ってたぞ
5: スクショ職人
撮ったやつ→[画像リンク]
ほらこれ。ちょっと遠いけど、肩のとこに何か乗ってる。
6: 考察班
・テイム表示なし
・野営スキル特化型?
・運営配布のテスト個体説 ←new!!
7: 信者1号
竜の使い手きたあああああ!癒し系最強かよ!
8: 逆張りバトラー
嫉妬しかねえ……おれも肩竜ほしい……(ガチ泣)
スレッドは瞬く間に勢いを増し、
SNSや動画共有掲示板にも「竜と火を囲む男」の話題が飛び火していた。
だが――その本人であるユウは、そんなことを一切知らず、
森の木陰でルゥと一緒にうたた寝をしていた。
小さな寝息。
小さな重み。
揺れる木漏れ日。
それは、誰の知ることもない“最初の午後”だった。