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癒し目的で始めたVRMMO、なぜか最強になっていた。  作者: branche_noir
2章 大都市ヴェルムスと蒼の幻獣
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第37話 蒼狐の紹介

 グラナートに向き合ったユウは自分から話しかけた。


「また釣りですか?」


「うむ。街での雑事に疲れたら、こうしてお気に入りの水辺に足を運ぶのが一番よ。お主も、ここを拠点にしておるだろう?」


「はい。……やっぱり落ち着くんですよね、ここは」


 ユウはそう言って笑った。ヴェルムスの喧騒とは正反対の、静かで穏やかな場所。

 鳥の声と湖の波音が混じるこの空気は、確かに人の心を和らげてくれる。


「ふむ、街は賑わっておるからの。冒険者も商人も、我先にと騒がしい。便利ではあるが……心休まる場所ではないの」


 グラナートはゆっくりと腰を下ろし、釣り竿を膝に横たえた。その仕草一つとっても堂に入っていて、ただ者ではない雰囲気を纏っている。


 そして、少しの世間話を交わす。湖畔での暮らしの話、森の静けさ、街から様々な人々が持ち込む噂話。ユウの素朴な生活と、老人がぽつりと語る“どこか詳しすぎる情報”が、不思議な調和を生んでいた。


 妙に詳しい部分もあるのに、不思議と気取ったところはなく、ただ話し上手な老人と向き合っているように思えた。


 だが、その老人の視線がふとユウの隣に向く。


「あー……ところで、じゃ」


 焚き火の明かりを受けて、グラナートの目がゆるりと細められる。

 視線の先には、ユウの隣にちょこんと座る蒼狐――セレスがいた。


「……お主の傍らにいるその蒼白い光を纏う生き物。以前わしが話した“蒼の幻獣”の噂を思い出してしまうが……気のせいかの?」


 グラナートは苦笑を浮かべつつも、その声音にはわずかな確信がにじんでいた。冗談めかした口ぶりでありながら、目の奥ではしっかりと答えを探っているようだった。


 問われた瞬間、セレスは耳をぴくりと揺らし、蒼い瞳をゆっくりと持ち上げユウを見た。ただ、静かにユウに任せるといった眼差し。ルゥも「紹介するの?」と言いたげに、喉を鳴らしてユウを見上げる。


「実は……そうなんです」


 ユウは少し照れたように頷いた。


「あの日、グラナートさんから“蒼の幻獣”の話を聞いた夜に、この子と出会ったんです」


 言葉を探すように一息置き、続ける。


「焚き火の傍で魚を焼いてのんびりしていたら、気配もなく現れて。そのまま、焚き火の横に置いてあった魚を食べていったんです。――そして次の日も現れて、気づけばテイムしていました。俺としても驚きましたけど……もう、その頃には当たり前のように隣に座っていましたね」


 それは戦いでも試練でもなく、ごく自然に始まった縁だった。

 テイム、というよりも――共にいるのが当たり前になっていった、と呼ぶ方が近い。


「……なんと」


 グラナートの目が驚きに見開かれる。

 やがて唇に小さな笑みを刻みながらも、低い声で感嘆を漏らした。


「仔竜を連れているだけでも稀有じゃというのに、さらに“噂”で語られる幻獣まで。……まさか、あの話がそのまま現実になろうとはな」


「いや、そんな大げさなものじゃありません。ただ……たまたま、”縁”があっただけで」


 ユウは苦笑して肩をすくめると、隣に座る蒼狐へと視線を落とした。


「そうだ、名前を言っていませんでしたね。この子は――セレスって呼んでいます」


「セレス、か」


 グラナートがその名を繰り返す。確かめるように、ゆっくりと。


「……ふむ、良い響きじゃ。蒼の光を宿すに相応しい名じゃな」


 セレスはちらりと蒼い瞳を向け、耳をぴくりと動かした。まるで自分の名を呼ばれたのが分かっているかのように。


 その隣で、ルゥは「ぴぃ!」と胸を張って声を上げると、すぐに座っているユウの膝へ飛び乗った。小さな前足で裾をちょいちょいと引っ張り、喉を鳴らしながら顔を擦りつけてくる。まるで「自分のことも忘れるな」とでも言いたげに、尻尾をこれでもかと振り回して全力で存在を主張していた。


「はいはい、ちゃんと分かってるって」


 ユウは苦笑しながらルゥの頭を撫で、喉や首筋を優しく掻いてやる。ルゥは嬉しそうに目を細め、さらに甘えるように胸元へすり寄ってきた。


 セレスが落ち着いた眼差しでそれを見ている中、グラナートは口元に笑みを浮かべて言った。


「ふむ……相変わらず甘えん坊じゃのう、その仔竜は」


 ユウは少し照れながらも「まあ、そこが可愛いんですけどね」と返し、ルゥは得意げに「ぴぃ!」と鳴いて胸を張った。


 セレスやルゥの仕草に目を細めたグラナートは、しみじみと息を吐いた。やがて小さく頷き、焚き火の火を見つめながら、ゆっくりと口を開いた。


「しかし……“縁”、か。なるほどのう。この世界で最も大切なのは、やはりその一言なのかもしれんな」

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