第33話 召喚と送還の検証
昼食を終え、皿を片づけると、湖畔にはゆるやかな風が吹き抜けていた。
ルゥは満腹になったのか、ユウの膝の上に丸くなり、尾をときおりぴこぴこと揺らしながら、気持ちよさそうに鼻先をくすぐるような寝息を立てている。
セレスはといえば、ユウの隣で身を横たえ、風に運ばれてくる草と湖の匂いを静かに嗅ぎながら、目を細めていた。
「……いい午後だな」
ユウは思わずそんな言葉を漏らす。
昨日までは想像もしなかったセレスとの共同生活が、もう自然な日常の一部になりつつある。
「そういえば……」
ユウはシステムウィンドウを呼び出しながら、思いついたように声を出した。
「ハースリンクのこと、まだ試してなかったな」
名付けを終えて、昼食を食べたことで安堵の空気が流れたが、そういえば詳細までは確認していなかった。
指先でメニューを展開すると、あの見慣れないスキルの説明文が浮かび上がる。
《ハースリンク》
カテゴリ:エクストラスキル
内容:仲間となる存在と、“心の炉”を結ぶ特殊テイムスキル。従来のテイムが「命令と従属」に基づくのに対し、このスキルは「共に生きること」を基盤とする。
効果:
・餌付けによる自然なテイムが可能
・主の作った料理を一緒に食べることで、能力にバフが発生
・通常のテイムスキルと同様に、召喚・送還が可能
取得条件:非公開
「……召喚と送還ができるのか」
ユウはスキルウィンドウを閉じ、隣に横たわるセレスへと視線を向ける。
セレスは首をかしげるようにして、控えめに「コン」と鳴いた。まるで「いいよ」と返しているかのように。
「助かる。じゃあ……ちょっと試してみるぞ」
《コマンド:送還》
ユウが声にすると、セレスの体を包むように淡い光が立ち上がった。
毛並みの一筋一筋を透かすように光は走り、やがて輪郭ごと空気に溶けていく。
そこにいたはずのセレスは、ほんの数秒で霧のように消え、湖畔には風の音だけが残った。
「……おお、本当に消えた」
視界を探しても、気配は完全に途切れている。
ログを確認すると、セレスの名前の横には【待機中】の文字。
「なるほどな。いつでも呼び戻せるってわけか」
しかし、こうして姿が消えると、静けさがやけに重く感じられる。
ほんの少し前まで、隣にいたはずの気配がない――それは、ユウ自身にとっても意外なほどの違和感だった。
《コマンド:召喚》
ユウが再び呼ぶと、空気の粒子が逆流するように集まり、光の渦が形を成す。
数秒ののち、蒼白い光を伴って――セレスが姿を現した。
「コン!」
現れた瞬間、セレスは駆け寄ってきて、ユウの胸に頭をぐいっと押しつけた。
その勢いで、膝の上で撫でられていたルゥが「ぴぃ!?」と鳴き、ころりと横に押しのけられる。
ふわりとした毛並みが胸元に触れ、ユウの体がよろけるほどだった。
押しのけられたルゥは尻尾をばたつかせ、「ぴぃっ!」と抗議の声を上げる。
だがセレスは気にも留めず、ユウに頭をすり寄せ続けていた。
「うわっ……!?」
普段はどこか落ち着いた印象のセレスが、感情を隠しきれずに甘えてきた。
胸の上にかかる重み、押し付けられる額、胸に伝わる鼓動――そのすべてが「寂しかった」と言っているようだった。
「……セレス、寂しかったのか?」
「コン……」
セレスは小さく鳴き、さらに体を寄せてきた。
その蒼瞳には、普段の静謐さとは違う、わずかな不安が滲んでいた。
「……そっか。やっぱり異空間ってのは、便利だけど居心地はよくないんだな」
ユウはセレスの首筋を撫で、毛並みを落ち着けるように掌を動かす。
モフモフの毛並みは柔らかく温かい。だがその温もりが、先ほどまでの「空白」を際立たせるようで、ユウの胸にじんわりと沁みた。
「よし、分かった。召喚と送還は便利だけど……基本は使わない。必要なときに、一時的にだけ使うことにする」
ユウが口にすると、セレスは尾を大きく揺らし、安心したように鳴いた。
「コン!」
ルゥも「ぴっ!」と短く鳴き、同意を示す。
二匹の声が重なり、湖畔の午後に心地よく響いた。
ユウは焚き火に薪を足し、炎を小さく整えた。
午後の陽光が湖面を金色に染め、風に運ばれる香りにシトレラ草の余韻が混じる。
「……やっぱり、一緒に過ごす方がいいな」
そう呟きながら、ユウは二匹の頭を同時に撫でる。
ルゥは満足そうに目を細め、セレスはもう一度だけ胸に頭を押しつけてから、静かに横に並んだ。
召喚や送還よりも、こうして傍にいて、同じ時間を重ねること。
それがハースリンクの本当の意味なのだろう――ユウはそう感じていた。