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癒し目的で始めたVRMMO、なぜか最強になっていた。  作者: branche_noir
2章 大都市ヴェルムスと蒼の幻獣
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第33話 召喚と送還の検証

 昼食を終え、皿を片づけると、湖畔にはゆるやかな風が吹き抜けていた。


 ルゥは満腹になったのか、ユウの膝の上に丸くなり、尾をときおりぴこぴこと揺らしながら、気持ちよさそうに鼻先をくすぐるような寝息を立てている。

 セレスはといえば、ユウの隣で身を横たえ、風に運ばれてくる草と湖の匂いを静かに嗅ぎながら、目を細めていた。


「……いい午後だな」


 ユウは思わずそんな言葉を漏らす。

 昨日までは想像もしなかったセレスとの共同生活が、もう自然な日常の一部になりつつある。


「そういえば……」


 ユウはシステムウィンドウを呼び出しながら、思いついたように声を出した。


「ハースリンクのこと、まだ試してなかったな」


 名付けを終えて、昼食を食べたことで安堵の空気が流れたが、そういえば詳細までは確認していなかった。

 指先でメニューを展開すると、あの見慣れないスキルの説明文が浮かび上がる。


《ハースリンク》

カテゴリ:エクストラスキル

内容:仲間となる存在と、“心の炉”を結ぶ特殊テイムスキル。従来のテイムが「命令と従属」に基づくのに対し、このスキルは「共に生きること」を基盤とする。

効果:

 ・餌付けによる自然なテイムが可能

 ・主の作った料理を一緒に食べることで、能力にバフが発生

 ・通常のテイムスキルと同様に、召喚・送還が可能

取得条件:非公開


「……召喚と送還ができるのか」


 ユウはスキルウィンドウを閉じ、隣に横たわるセレスへと視線を向ける。

 セレスは首をかしげるようにして、控えめに「コン」と鳴いた。まるで「いいよ」と返しているかのように。


「助かる。じゃあ……ちょっと試してみるぞ」


《コマンド:送還》


 ユウが声にすると、セレスの体を包むように淡い光が立ち上がった。

 毛並みの一筋一筋を透かすように光は走り、やがて輪郭ごと空気に溶けていく。

 そこにいたはずのセレスは、ほんの数秒で霧のように消え、湖畔には風の音だけが残った。


「……おお、本当に消えた」


 視界を探しても、気配は完全に途切れている。

 ログを確認すると、セレスの名前の横には【待機中】の文字。


「なるほどな。いつでも呼び戻せるってわけか」


 しかし、こうして姿が消えると、静けさがやけに重く感じられる。

 ほんの少し前まで、隣にいたはずの気配がない――それは、ユウ自身にとっても意外なほどの違和感だった。


《コマンド:召喚》


 ユウが再び呼ぶと、空気の粒子が逆流するように集まり、光の渦が形を成す。

 数秒ののち、蒼白い光を伴って――セレスが姿を現した。


「コン!」


 現れた瞬間、セレスは駆け寄ってきて、ユウの胸に頭をぐいっと押しつけた。

 その勢いで、膝の上で撫でられていたルゥが「ぴぃ!?」と鳴き、ころりと横に押しのけられる。

 ふわりとした毛並みが胸元に触れ、ユウの体がよろけるほどだった。


 押しのけられたルゥは尻尾をばたつかせ、「ぴぃっ!」と抗議の声を上げる。

 だがセレスは気にも留めず、ユウに頭をすり寄せ続けていた。


「うわっ……!?」


 普段はどこか落ち着いた印象のセレスが、感情を隠しきれずに甘えてきた。

 胸の上にかかる重み、押し付けられる額、胸に伝わる鼓動――そのすべてが「寂しかった」と言っているようだった。


「……セレス、寂しかったのか?」


「コン……」


 セレスは小さく鳴き、さらに体を寄せてきた。

 その蒼瞳には、普段の静謐さとは違う、わずかな不安が滲んでいた。


「……そっか。やっぱり異空間ってのは、便利だけど居心地はよくないんだな」


 ユウはセレスの首筋を撫で、毛並みを落ち着けるように掌を動かす。

 モフモフの毛並みは柔らかく温かい。だがその温もりが、先ほどまでの「空白」を際立たせるようで、ユウの胸にじんわりと沁みた。


「よし、分かった。召喚と送還は便利だけど……基本は使わない。必要なときに、一時的にだけ使うことにする」


 ユウが口にすると、セレスは尾を大きく揺らし、安心したように鳴いた。


「コン!」


 ルゥも「ぴっ!」と短く鳴き、同意を示す。

 二匹の声が重なり、湖畔の午後に心地よく響いた。


 ユウは焚き火に薪を足し、炎を小さく整えた。

 午後の陽光が湖面を金色に染め、風に運ばれる香りにシトレラ草の余韻が混じる。


「……やっぱり、一緒に過ごす方がいいな」


 そう呟きながら、ユウは二匹の頭を同時に撫でる。

 ルゥは満足そうに目を細め、セレスはもう一度だけ胸に頭を押しつけてから、静かに横に並んだ。


 召喚や送還よりも、こうして傍にいて、同じ時間を重ねること。

 それがハースリンクの本当の意味なのだろう――ユウはそう感じていた。



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― 新着の感想 ―
元々居た場所も異空間とそう変わらない場所だったかもね 何せ良き隣人?を得たのだから元々居た場所も異空間ももう寂しい場所になってるのかも
異空間待機じゃなくて、元々居た場所から呼び出す、呼び出すまえの場所に戻す。だったらよかったのにね…
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