第31話 蒼狐との絆(ハースリンク)
――光が、世界を満たした。
焚き火の赤も、湖の青も、すべてが柔らかく溶け、胸の奥に灯がともるように広がる。
近くにいたルゥが細く鳴く。怯えはない。むしろ、その光を興味深そうに覗き込んだ。やがて、光の層を押し分けるように透明なシステムウィンドウが浮かび上がる。
【通知】
プレイヤー行動傾向評価:更新中……
→ 野営系統/共生傾向/自然適応率 高レベル
独立評価項目:関係深化判定:特殊値に到達
→ 特定条件を満たしました
【特殊評価達成】
→ エクストラスキル《ハースリンク》を獲得しました。
「……またか?」
思わず口をついて出た。
以前、《開拓者の調理術》を獲得したときと同じ、見慣れない評価ログ。あのときは“調理”が形になった。なら今度は――。
ユウは指先で浮かぶウィンドウを操作し、詳細を展開する。
《ハースリンク》
カテゴリ:エクストラスキル
内容:仲間となる存在と、“心の炉”を結ぶ特殊テイムスキル。従来のテイムが「命令と従属」に基づくのに対し、このスキルは「共に生きること」を基盤とする。
効果:
・餌付けによる自然なテイムが可能
・主の作った料理を一緒に食べることで、能力にバフが発生
・通常のテイムスキルと同様に、召喚・送還が可能
取得条件:非公開
「……やっぱり普通のテイムとは違うのか」
ユウは小さく息を吐いた。
通常のテイムは、職業で【テイマー】を選び、基礎スキルとして扱うのが前提。命令や指示に従わせる、ゲームらしいシステム。
けれど、目の前にある文字はまったく違う響きをしていた。
“命令と従属ではなく共に生きることを基盤とする”――。
焚き火を囲んだときの温もりのように、ただ傍にいて一緒に歩むことが力になる――そんな意味のスキル説明だった。
「ぴぃ?」
ルゥが首をかしげてこちらを見る。ユウは笑って、その頭を軽く撫でた。
「大丈夫だ。……どうやら、一緒に歩めってことらしい」
指先のウィンドウは、まだ淡い光を残していた。
まるで次の行動を促すかのように、静かに瞬きを続けている。
《幻獣<蒼狐>のテイム判定が行われます》
――適用:エクストラスキル【ハースリンク】
――確認:恐怖反応なし/給餌成功/休息環境安定
……
《判定中……》
……
《テイムに成功しました》
胸の奥で、灯りがわずかに強くなる。
蒼狐と心と心でつながった感覚があった。
「……繋がったのか」
口にすると、蒼狐は長い睫毛を一度だけ閉じて、ほんの少しユウに向かって頭を下げた。その仕草に合わせるみたいに、ルゥも近くで動いた。
「ぴっ」
「ルゥもありがとな。お前が驚かないで見てくれてたから、きっと落ち着けた」
ユウはルゥにお礼を言いながら、新しく仲間になった蒼狐にそっと手を伸ばした。撫でる指先に、ふわりとした柔らかさが広がる。光をまとった毛並みは見た目よりもしっかりしていて、掌に吸い付くような温もりがある。
「……おお」
ユウは思わず声を漏らした。
モフモフとした感触に、胸の奥がじんわりと和らぐ。目の前にいるのが“幻獣”だということを一瞬忘れそうになるほど、心地よい手触りだった。
その仕草を見ていたルゥが、ぷいと頬をふくらませるように鼻を鳴らす。
次の瞬間、ユウの手に小さな頭突きをぐい、と押しつけてきた。
「わっ……おいおい、ルゥ?」
赤い瞳がじっとこちらを見上げている。
やきもち、と呼ぶには軽い。けれど、まるで「自分のことも忘れるな」とでも言いたげな抗議の色がそこにあった。
「はは……大丈夫、大丈夫。ルゥの番もちゃんとあるさ」
ユウは空いている手でルゥの喉元をくすぐる。すると仔竜は小さく鳴き、完全に満足したわけではないが、いまは許すとでも言いたげに尻尾を揺らした。
「まったく……新しい仲間ができても、甘えん坊なのは変わらないな」
ユウは苦笑してルゥにそう告げると、視線を蒼狐へ戻した。
蒼狐は逃げるどころか、さらに頭を押しつけてくる。淡い光をまとった輪郭が揺れ、掌には確かな温もりが宿る。胸の奥にふっと新しい気配が流れ込み、自分の鼓動と重なるのを感じた。
「ぴぃ……」
ルゥもその変化に呼応するように細く鳴く。焚き火の音に、三つの温もりが重なっていった。
やがて、視界に淡い光がふわりと広がり、新しいシステムウィンドウが開く。
《新しい仲間に“名付け”をしてください》
――テイムしたモンスターは、初期登録時に名前が必要です
「……名付けかー。まあ、そうなるよな」
ユウは小さくつぶやく。
多くのゲームと同じように、テイムしたら名前をつけるのが基本らしい。
ルゥがこちらを見上げ、赤い瞳をきらりと光らせる。蒼狐も静かに待っていた。
「けど……すぐに決めるより、ゆっくり考えてからにしたいな。明日でもいいか?」
問いかけに、蒼狐は尾を一度だけ揺らす。了承のような仕草だった。
ルゥも「ぴ」と短く鳴いてから、ユウの胸元に潜り込んでいく。
焚き火の火がぱちりと弾け、夜は静かに更けていった。