第2話 焼き肉と仔竜とフードの中で
焚き火の音が、ぱちぱちと心地よく響いている。
ユウはその音に耳を傾けながら、手に入れた小動物の肉――《野兎の腿肉》を串に刺し、焚き火の上でじっくりと焼いていた。ゲーム内とは思えない、香ばしい匂いが立ち上る。
「……リアルより旨そうって、どういうことだよ……」
焚き火のそばには石を並べた簡易イス。そこに腰をかけ、串をゆっくりと回転させる。
《スキル【調理Lv2】が上昇しました》
また1つ、スキルが上がった。
このゲームは、戦わなくてもスキルが成長する。まさに自分のためにあるようなゲームだ。
ふと――
また、草むらが揺れた。
風の音とは違う、確かな足音が近づいてくる。前回と同じ方向から。
「また……あいつか?」
焚き火の向こうに姿を現したのは、やはり昨日と同じ、銀色の小さな四足の生き物だった。
――竜。
体長は50センチほど。翼はまだ小さく、飛ぶには未熟。鱗は金属のように淡く光り、赤い瞳がユウをまっすぐに見つめていた。
敵意も、恐れも感じない。
ただ、鼻をひくひくと動かしながら、じり……じり……と、焚き火に近づいてくる。
ユウは、そっと肉の串を火から上げ、慎重に地面に置いた。
「食うか……?」
葉っぱの上にのせた肉。
竜はそれをしばらく見つめていたが、やがてちょん、と前足で葉を抑え――ぱくりと齧りついた。
もぐもぐ、と咀嚼する音が聞こえる。とても小さく、くぐもった音。
ユウは身じろぎせずに、それをじっと見ていた。
やがて、竜は満足したのか、ペロリと口元を舐めると……とことこと歩いてきて、ユウの足元にぺたんと座った。
「……お、おまえ……?」
すると――ふいに竜が、器用に脚を使ってユウの背中によじ登る。
そして、すぽん、と彼のマントのフードの中に頭から潜り込んだ。
「わっ、ちょ、ま――!? おいおい……!」
慌てて肩をすくめるが、フードの中で竜はくるくると回り、ちょうどいい角度で丸くなると――ぴぃ、とひと鳴きした。
静かに、満足げに。
「……お前、懐いたのか?」
返事はない。もちろん、あるはずもない。
だがフードの中から伝わる体温と、かすかな呼吸の音が、何より雄弁だった。
ユウは焚き火の火を見つめたまま、しばらくそのまま動かなかった。
肩には、小さな重み。背中には、柔らかいぬくもり。
「いや、これバグじゃないよな……?」
ゲーム内では、モンスターをテイムするには特定のスキルが必要なはずだ。
戦ってHPを減らし、専用アイテムを使って、成功判定に運を委ねる――
それが、テイムの基本のはずだった。
だが自分は、戦っていない。
そもそも、テイムスキルなんて一度も取得していない。
それなのに。
「……肉、焼いてただけなんだけどな」
ログを開いてみても、何も表示されていない。
“モンスターを仲間にした”という通知もなければ、ステータス欄にも竜の名前はない。
だが、現実として――
この仔竜は、彼のフードの中で寝ている。
焚き火の炎が、少しだけ揺れた。
夜が更けるにつれ、森の音は静かになっていく。
虫の声もまばらになり、木々が風にゆれる音だけが、遠くから聞こえていた。
ユウは地面に寝袋を広げ、火のそばに横になった。
仔竜は、いつのまにか彼の胸の上に移動して、丸くなっていた。
「おまえ、名前とか……あるのか?」
もちろん、返事はない。だが竜は、ユウの言葉に耳をぴくんと動かす。
「ないなら……つけるか? 名前」
考えながら、彼は焚き火を見つめた。
銀色の鱗。赤い瞳。好奇心旺盛で、甘えん坊。
「……ルゥ。どうだ?」
竜は、ごろりと体を捩らせて、すん、と鼻を鳴らした。
そして、ぺたんと頬をユウの胸に押し当てる。
「……決まり、ってことでいいか」
ユウは微笑んで、そっと目を閉じた。
翌朝。
森の空気はひんやりとして、霧が地表を薄く包んでいた。
ユウは寝袋の中でゆっくりと目を覚ました。
身体は驚くほど軽く、ぐっすり眠れたことを実感する。
「……あー、よく寝た……ん?」
胸の上に、なにか乗っている。
ルゥだった。
器用に前足を折り畳み、頭を彼の首にくっつけるようにして眠っている。
昨夜、寝る前に確かに焚き火のそばに移動させたはずだ。
それが、いつの間にか戻ってきていたらしい。
小さく伸びをしたルゥが、赤い瞳をぱちくりと開く。
「おはよ、ルゥ」
ユウがそう声をかけると、ルゥは短く「きゅう」と鳴いた。
寝袋から抜け出し、簡単な朝食の準備を始める。
残っていた肉を火にかけ、軽く炙る。匂いが立ちのぼると、ルゥが興味津々に鼻をひくつかせてきた。
もはや、その動作にも驚かなくなってきている自分に気づいて、ユウは苦笑する。
「……まあ、ここでなら、一緒でもいいか」
静かな森。
温かい焚き火。
そばにいるのは、自分に懐いた、ちょっと不思議な仔竜。
画面には相変わらず何のログも出ていない。
仲間登録もされていない。ステータスも空白のまま。
だけど、たしかにユウの隣には“ルゥ”がいた。
今も肩に乗って、肉が焼けるのを待っている。
「……このまま、誰にも邪魔されずに過ごせたらいいんだけどな」
ぽつりと呟いた言葉に、ルゥは何も言わず、彼の頬をぺろりと舐めた。
それはまるで――「ここにいるよ」と言っているようだった。