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癒し目的で始めたVRMMO、なぜか最強になっていた。  作者: branche_noir
2章 大都市ヴェルムスと蒼の幻獣
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第25話 ヴェルムスへ到着、焚き火の静けさ

 視界が白く染まり、次第に色と形を取り戻していく。

 ログイン直後の軽い浮遊感とともに、森の中の景色が広がった。

 昨日、一泊のために設営した仮設キャンプ――焚き火の跡がまだ温もりを残している。


 近くには、すでに目を覚ましていたルゥがいた。ぴぃ、と小さく鳴き、しっぽをユウの首元に巻きつけてくる。


 火床の灰を軽く崩し、荷物を整えて立ち上がる。今日は、いよいよ《大都市ヴェルムス》を目指す日だ。


 森を抜ける道は朝の空気に満ち、遠くで小鳥がさえずっている。足元の土は露で湿り、昨日よりも一歩一歩が軽く感じられた。


 やがて木々の背が低くなり、視界が開ける。木漏れ日の向こうに、白と青を基調とした巨大な街の姿が現れた。


 ――それが、ユウにとって初めて目にする《大都市ヴェルムス》だった。


 白と青を基調にした街並み。高くそびえる塔、城壁のように連なる住宅群。都市の中央には水路が走り、何本もの橋がそれをまたいでいる。遠くからでもその規模が圧倒的だとわかる、堂々たる都市だった。


 街の門には制服姿の門番NPCが二人立っていて、その背後ではホログラムパネルが浮かび上がり、来訪者向けの情報を流している。


【ようこそ、《大都市ヴェルムス》へ】


 パネルの前では数人のプレイヤーが立ち止まり、案内を確認していた。街の地図や施設案内、そしてイベント情報らしきものまでが次々と表示されていく。


「……やっぱり、すごいな。人も多いし、情報も多い」


 ユウは感嘆まじりに小さくつぶやく。


 街の入り口を抜けただけで、既に数十人のプレイヤーが行き交い、商人NPCが呼び込みをかけ、掲示板には次々とクエストが更新されていく。


 通りの脇では、屋台らしきNPC店舗が香ばしいパンの匂いを漂わせていた。


 すれ違うプレイヤーたちも、それぞれに装備を整え、戦利品を持って活気にあふれていた。


 そのとき、ユウの肩口――フードの中で、もぞもぞと動く気配があった。


「ぴ……」


 ルゥがひょこりと顔を出した。だがその顔はどこかむすっとしている。


 どことなく背中を丸め、目元は少ししょぼしょぼとして、明らかに機嫌がよくなさそうだった。


「……うるさい、か?」


 問いかけるように囁くと、ルゥはユウの首に鼻先をぴとりと押し当て、しっぽをパタパタと早めに振った。


 そして、ぴぃと小さく抗議するような声。


 フードの中に戻ろうとするが、すぐにまた顔を出し、きょろきょろと落ち着きなく周囲を見回す。


 行き交う人の波、賑やかな叫び声、すれ違うたびに響く装備音や効果音。


 それらのすべてが、ユウたちの静かな森の生活とは対極にあった。


「……わかるよ、俺もちょっと疲れてきた」


 ユウは静かに呟いた。


 たしかにこの街は便利だろう。施設も、クエストも、プレイヤー交流も盛んだ。

 でも――この喧騒は、あまりにも刺激が強すぎる。


 行き交う足音、装備のきらめき、パーティ募集をする声、スキル演出、叫び声、笑い声。


 それらが折り重なり、まるで自分たちの存在が薄れていくような錯覚に陥る。


 ふと、人々の喧騒から少し外れた位置に設置された木製のベンチを見つけ、ユウは腰を下ろした。


 ヴェルムスの中心部――いわゆる“メイン広場”と呼ばれる場所は、特にプレイヤー数が多く、まるでスクランブル交差点にでも来たかのような喧騒が広がっていた。


 近くにあるギルドの受付所、クエストボード、取引所の周囲は人だかりで、まるで列をなしているようだ。


 ルゥはユウの膝の上に乗ると、ぺたりと寝そべってしっぽをぴくぴく動かしながらも、耳を塞ぐように顔をユウのお腹に押し付けたままじっとしている。


「便利なんだろうけどな……この感じ、たぶん、おまえも苦手だよな」


 その言葉に、ルゥはほんの少しだけ、ぴぃと返事をした。


 ユウはベンチに座ったまま、ふと空を見上げる。


 空は澄んだ青。けれど、どこか違和感があった。


 木漏れ日のようなやさしさがない。


 風も、森で感じていた香ばしい焚き火の匂いや、湿った土の匂いではなく、鉄と油、そして焼きたてのパンが混ざり合ったような、無機質な匂いだった。


「……まあ、街が合わないのは、俺のほうかもしれないけどさ」


 かつて、初期村の森の奥に居場所を見つけたように――。


 今もまた、街の中ではなく、その近くで自分たちだけの“静かな拠点”を求めたくなる。


 ユウはルゥを抱き上げ、軽くその額に指を当てた。


「……なあルゥ、ちょっとこの街の外、歩いてみようか」


 ルゥの目がぱちぱちと瞬きをしたあと、ふにゃりとしっぽが揺れた。


「今はもう日も高いけど、少し歩けば――きっとどこか、落ち着ける場所がある気がするんだ」


 焚き火を囲み、肉を焼き、スープを煮込み、草の上で眠る。


 そんな当たり前の時間が――今はとても遠く感じた。


 ユウは静かに立ち上がり、ヴェルムスの中心街をあとにする。


 賑わいの中を抜け、大通りを城門へ向かって歩く。徐々に人影が減り、代わりに石造りの壁や門番の姿が、再び目につくようになった。


 城門をくぐると、街の喧騒は一気に遠ざかり、風の音と鳥の声が耳に戻ってくる。


 そして、少し道を外れて、城壁沿いの草地へ。


 木々の影が差し始めたその小道を、ユウはゆっくりと歩き始めた。


「……探しに行こうか。俺たちだけの、焚き火ができる場所を」


 肩の上では、ルゥがふにゃ、と小さく鳴いて、しっぽをそっと巻きつけてきた。


 街の喧騒は、もう遠ざかっていた。

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