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癒し目的で始めたVRMMO、なぜか最強になっていた。  作者: branche_noir
2章 大都市ヴェルムスと蒼の幻獣

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第24話 焚き火は道中でも

 村の門を抜けて、しばらく歩くと、周囲の景色が次第に変わっていく。


 舗装された小道はやがて、柔らかい土の道へと姿を変えた。両脇には草花が生い茂り、背の高い木々が枝を伸ばして陽射しをやわらかく遮っている。


 どうやら、この先は森の中を抜けていくルートらしい。


 とはいえ、道そのものはしっかり整備されている。ヴェルムスの開放と同時に、運営が一般プレイヤー向けに設けた安全な道で、険しい山岳や危険エリアを避けつつ街へたどり着けるようになっているのだ。


 馬車でも通れる幅があり、足場も安定している。ただ、今は通行人の姿はほとんど見えない。きっと多くのプレイヤーは、すでに先へ進んでしまったのだろう。


「……やっぱり、みんなもうヴェルムスに行ったんだな」


 ユウがぽつりと呟くと、フードの中でぴくりと小さな仔竜が動いた。


 ルゥはあれからずっと、ユウにぴったりとくっついていた。村を離れてからというもの、いつにも増して静かで、そして――甘えたがっている。


 ときおり、しっぽの先でユウの首筋をつついたり、頬をなぞったり。


 小さな抗議と、安心したいという気持ちが入り混じったような動作に、ユウは思わず吹き出してしまう。


「……はは。そんなに離れたくなかったか」


 ぴぃ……と、今度は少し拗ねたような鳴き声。


「もう大丈夫だって。忙しいのも片付いたし、しばらくはずっと一緒だ」


 そう言って軽く撫でると、ルゥは小さく身を寄せてきた。ユウは歩みを緩めることなく、腕を首の後ろに回してルゥを胸の前へ抱き直す。


 ユウから伝わる温もりに、ルゥは小さく嬉しそうに喉を鳴らし、落ち着いた様子で腕の中にすっぽりと収まった。


 ユウはそのまま穏やかな足取りで森の道を進んでいく。



 森を抜ける風は穏やかで、どこか懐かしい土と葉の匂いが混じっていた。


 鳥のさえずりが遠くから届き、足元では小さな木の実を運ぶリスのようなモンスターが駆け抜けていく。


 ユウはゆっくりと足を運びながら、あたりを見回した。

 攻略組が切り開いた最前線とはまるで違う、静かで穏やかな風景。


(……本当に、いろんな生き方ができるんだな、このゲーム)


 気づけば、そんな風に思っていた。


 数時間ほど歩いた頃だろうか。森の中に、ぽっかりと空いた空間が見えてきた。


 自然にできた空き地。周囲を木々が囲み、柔らかい草が一面に生えている。


 遠くに小さなせせらぎが聞こえるのがまた良い。


 誰もいない。けれど、どこか懐かしくて落ち着く場所。


 ――このあたりで、今日は一泊してもいいかもしれない。


「んー……今日はここにしようか」


 呟くと同時に腕の中で、もぞもぞとルゥが動き、抱えている腕の隙間からひょこりと顔を出した。


 しばらく周囲を見回した後、ぴぃ、と小さく鳴いてユウの腕からぴょんと飛び降りる。


 草の上をくるくると回って確かめたかと思うと、すぐにごろんと丸まり、尻尾を抱えて寝転がった。


 どうやら気に入ったらしい。


「そうか、気に入ったか」


 ユウはその様子に頷きながら、リュックを下ろす。


 枝を集め、石を並べ、地面をならして火床を作る。

 何度もやってきた作業だが、場所が変わると不思議と新鮮に感じられる。

 木々の間を縫って吹く風の音や、葉の揺れるリズムすら、どこか違って感じるのだ。


 薪にする木の太さや、火を起こす位置に少しだけ悩んでしまったのも、その“違い”のせいだろう。


 火打石を打ち、火が移る。そこから乾いた薪に燃え広がるまで、ほんの一瞬。


 焚き火が、静かに、けれど確かに灯った。


 ユウは焚き火の前に腰を下ろすと、マリエからもらった布包みをそっと開いた。


 干し肉、根菜、そして手持ちのシトレラ草が一房。


 鉄鍋に水を張り、火にかける。そこに小さめに切った根菜と、ほぐした干し肉を加えていく。


 シトレラ草は葉をちぎるたびに爽やかな香りを放ち、焚き火の煙と混ざって空に溶けていく。


 じんわりと香りが広がっていく中で、ルゥが焚き火の前まで寄ってきて、ちょこんと座った。


「……おまえも、腹減ってきたか」


 ぴぃ、と鳴く。


 ぱちっ。


 薪が弾ける音が、ひときわ大きく響いた。


 焚き火は変わらない。場所が変わっても、火の温もりも、香りも、風に揺れる炎も、いつものままだ。


 ルゥが少しずつ体を寄せてくる。ぴたりと足元に身体を預けると、しっぽでユウの足首にそっと触れてくる。


 小さな、けれど確かなぬくもり。


 ユウはそれを受け止めるように、ゆっくりと足をずらし、ルゥにより添うように腰を下ろした。


 火の揺らぎを眺めながら、ユウはふと目を閉じる。


 ――この場所は、今日限りのものかもしれない。


 明日になれば、また歩き出す。もっと大きな街へ向かって。


 けれど、だからこそ、このひとときが特別に思える。


「ここからまた、新しい焚き火の始まりだな」


 ユウはそう呟いて、ふっと笑いながら空を見上げた。


 木々の隙間からこぼれる光が、焚き火の煙と交じり合う。

 風が静かに通り抜け、森が揺れた。


 ――ここから、新たな日々が始まる。そんな気がした。


 火床に残る小さな炎が、ぱちりと音を立てて消える。


 ユウは深く息をつき、ルゥの頭をくしゃりと撫でながらログアウトを選択した。


 視界がゆっくりと白く溶けていく中、ルゥはふわりと尻尾を揺らし、小さく鳴いて見送ってくれる。


「じゃあ、また明日な」


 軽く手を振ると、ルゥもまるで真似をするかのように前足を動かした。


 その愛らしい仕草を最後に、視界は静かに闇へと変わった。


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