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癒し目的で始めたVRMMO、なぜか最強になっていた。  作者: branche_noir
2章 大都市ヴェルムスと蒼の幻獣
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第23話 寂しがり屋な仔竜と旅の始まり

 ログインした瞬間、ユウは静かな森の空気に思わず肩の力を抜いた。


 日常が戻ってきた気がした。


 ここ数日は、現実の仕事が少し立て込んでいて、昨日はどうしてもログインできなかった。そのことがずっと気にかかっていたのだが、こうして森に戻ってくると、胸の奥がじんわりと温まる。


「ぴぃ――――っ!!」


 しかし、予想より早く、その“しっぺ返し”が来た。


 突然、背中に勢いよく飛びついてきた柔らかな重み。銀色の仔竜が、怒涛の勢いで顔を擦りつけ、頭突きしてきたかと思えば、首に巻きつく尾をぐいぐいと締め付けてくる。


「ルゥ!? ちょっ……! わかった、わかったってば!」


 寝起きとは思えないテンションで暴れまわるルゥに、ユウは苦笑しながらも慌ててなだめにかかった。


「昨日ログインできなかったの、ほんとに悪かったって……」


 ぴぃぴぃ、と鳴きながら、ルゥはユウの胸に顔を埋めてくる。明らかに寂しかった、“ずっと待っていた”という様子だった。


 あの赤い瞳に、ほんの少し涙のような光がにじんで見えたのは、気のせいだろうか。


「……悪いな。仕事、一段落ついたから、もうしばらくはずっと一緒だ」


 そっと頭を撫でながら抱き上げると、ルゥはやわらかく喉を鳴らして、しっぽをゆるやかに揺らした。


 明らかに嬉しそうで、その仕草が、たまらなく愛おしかった。



 森の奥にひっそりと広がる、小さな空き地。

 ユウがいつも焚き火をして過ごしていた、お気に入りの場所。


 その中央にしゃがみこみ、ユウは手早く前回のログイン時の焚き火跡を整えていた。

 火床の石を片づけ、灰をならし、地面を丁寧に平らにしていく。


 こうしていると、自然と心が落ち着いてくる。


「……ずいぶん長くいる気がするな、ここにも」


 口元に浮かぶのは、少し名残惜しそうな微笑み。


 イベントが終わっても、ユウは変わらずリリース直後に見つけた森での生活を続けていた。けれど――新しい風が、流れてきた。


【ログ】

《煌光の翼》《黒翼の誓約》《アトラスの残火》がフィールドボス

《雪原の女王フロストウルフ》を討伐しました。

 新たな拠点|《大都市ヴェルムス》が開放されました。


 つい先ほどログイン時に届いたログだ。


「……やるなぁ、攻略組」


「なあルゥ。俺たち、そろそろ森を出てみるか」


 銀の尾が、ぱたぱたと揺れる。ユウはその反応を見て、笑った。


「ヴェルムスって新しい拠点が開放されたんだってさ。たまには、違う場所で火を起こすのも悪くないだろ」


 ぴぃ、とルゥは小さく鳴いた。それが肯定の返事に聞こえた。


 ユウは立ち上がり、薪や調理器具など最低限の道具をバッグに収めていく。

 森の空気に深く息を吸い込み、目を細める。


 肩の上には、変わらぬぬくもり。

 森を出ても、きっとこのぬくもりは絶えない――そんな確信が、胸の奥に灯っていた。


 そして、別れを告げるため、ユウは歩きだす。


 目指す先は、初期村のとある雑貨屋だった。



 村へ向かう道すがら、ルゥはずっとフードの中から顔を出していた。

 頬を擦りつけたり、首筋に鼻先を押し当てたりと、あきらかに甘えモードが続いている。


「おまえ……しばらくこんな調子か?」


 ぴぃ、と返事が返る。


 それが“そうだよ”と言っているように聞こえて、ユウは思わず吹き出した。


 初期村に入ると、通りに並ぶ素朴な家並みが迎えてくれた。

 そして――その中でも、調味料を手に入れるために、通った店へと足を向ける。


 《雑貨屋マリエ》。


 入り口をくぐると、木材とハーブの混じった香りがふわりと鼻をくすぐった。


「……あら。今日は朝から珍しいね」


 奥から顔を出したのは、店主のマリエ。あまり頻繁に会うことはなかったが、ユウにとってはここで手に入れる調味料は、焚き火生活の大事な支えだった。


「ああ。今日はちょっと……挨拶に来た」


 ユウの言葉に、マリエはほんの少しだけ眉を下げた。


「……そうかい。とうとう、旅立つんだね」


「ヴェルムスが開いたから、そっちの方に移動しようかと」


「そうだねぇ。最近は他の子たちも、みんな村から出ていって……。あんたが残ってくれたら、ちょっとは寂しくなかったのに」


 マリエは苦笑しながら、店の奥にある棚から小さな布包みを取り出した。


「これ、持って行きな。昨日のうちに干しといたお肉と、煮物にも使える根菜。……あんたの焚き火はさ、食材が喜んでるように見えるんだよ」


 受け取った布包みは、ほんのりと温かかった。


「ありがとう。……世話になったな」


「いいんだよ。あたしも楽しかったさ。……また、焚き火の匂いを連れて、帰っておいで」


「……わかった」


 ユウは静かに頷いた。


 別れの言葉はそれだけで、十分だった。

 そしてユウは歩き出す。新たな街を目指して。

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― 新着の感想 ―
え、本当にログアウトしてたんか。 リアル数時間でゲーム内1日換算ならログインする毎にゲーム内で数日経ってる筈なのに、「ログインで目覚めたら翌日」な描写の毎日だったから、てっきり主人公はログアウト/ログ…
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