表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
癒し目的で始めたVRMMO、なぜか最強になっていた。  作者: branche_noir
1章 焚き火の始まり、仔竜との出会い
22/64

第21話 【攻略組視点】攻略会議、霧の向こうへ

 《黎明の宴》は終わった。


 公式発表の結果が掲示板に掲載されると、戦闘部門で注目を集めたのは、攻略を専門としているギルド《煌光の翼》だった。


 PvP大会準優勝、討伐トライアル制覇、エリア制圧戦MVP。いずれもギルド全体の貢献度が高く、その名は多くのプレイヤーに記憶された。中でも、主力パーティーを率いていた人物――ユリウスは「精密な指揮と冷静な判断力を持つ」「AIの反応すら想定した戦略」と話題になり、一夜にして有名プレイヤーとなっていた。


 だが本人は、そうした称賛に特に興味を示すことなく、次なる挑戦へと目を向けていた。


 舞台は、初期村の北端。


 霧が立ちこめる山岳地帯。その向こうに、まだ誰も足を踏み入れていない《未踏領域》が存在する。


________


「……イベントが終わってからの数日間で、霧の向こうの地形が変化している兆候が確認されました。斥候担当が確認した限り、雪に覆われた丘陵地帯と、その遠方に人工的な都市らしき構造物を確認。場所はこのエリアです。」


 ユリウスの前に広げられた仮想地図の上、赤いピンが点滅していた。彼の隣で説明しているのは、偵察を担当するナギという女性だった。


「雪……? この辺り、フィールド環境は温帯気候のはずだが?」


 鋭く問いかけたのは、前衛担当のレオン。

 彼は盾と槍を得物とする重装プレイヤーで、ユリウスとはβ時代からの付き合いである。


「私たちも最初は目を疑いました。でも、周囲の地形と比較して、あの一帯だけ気温が異常に低下しています。積雪も視認できる範囲で一定……自然現象としては説明がつきません」


 ユリウスが腕を組み、地図を見下ろす。


「気象異常、視界制限、一本道の地形構成――条件は揃ってるな。“特殊エリア”の可能性が高い」


 《Everdawn Online》のフィールドは一見シームレスにすべてが繋がっているが、特定条件を満たすと解放される“特殊エリア”が存在すると、リリース前から公式に明言されていた。


 レオンが頷く。


「たしか、公式も“特殊エリアには強力なフィールドボスが出現する場合がある”って明言してたな」


「ああ。そうだ」


「人工的な都市らしき構造物ってのは、新たな街か何かか?」


「詳細は不明。ただ、霧の先――雪原の遥か彼方に、城壁のような輪郭がうっすら確認できたという報告があります。」


「なら、その先に“新たな拠点”がある可能性は高いな。でも――」


 ユリウスはマップの雪原入口付近に指を置く。


「そこにたどり着くまでが問題だな。雪原のどこかに、フィールドボスがいるはずだ。」


「……そうだな」


「雪原エリアって、βテスト時点では存在してませんでしたよね?」


 ナギがすぐに補足を入れる。


「ああ。だとすれば――」


 ユリウスは地図に印を打ちながら言った。


「とりあえず慎重に進もう。下手に突っ込んでエンカウントしたら詰む。ギルド単独での攻略は避けた方がいい」



 その日の午後。


 初期村の中央広場に、主要な攻略ギルドが集結した。


 広場の中心には、特設の作戦盤が展開されている。


 表示されているのは、北方の霧地帯。その奥に広がる雪に覆われた未知のフィールド。そして、その遥か彼方にうっすらと確認された、人工構造物の簡易マップだった。


「こうして正式リリース後に顔を揃えるのは、これが初めてだな」


 ユリウスが静かに言うと、それに応えるように快活な声が飛ぶ。


「《黒翼の誓約》のゼインだ。双剣職、前線担当。情報だけ見せられて待てってのが一番苦手なんだ。……で、今回は突っ込めるのか?」


 青年は笑いながらも、鋭い眼差しでマップを睨んでいる。

 その隣で、冷静な声が続いた。


「《アトラスの残火》のマリアよ。補給計画と後方援助を担当するわ。ユリウスとは……まあ、βテスト以来の腐れ縁ね」


 マリアは手元のタブレットに複数のログを並べながら、さっそく状況の整理に入っていた。


 ユリウスはすぐに状況を説明し始めた。


「まず、雪原エリアの平均気温はマイナス7度。エリア突入と同時に気温低下エフェクトが適用され、スタミナ消耗が通常の2〜3割増加する。さらに、視界低下エフェクトも適用される。」


「環境デバフ持ちのエリアってわけか」


 ゼインが顎をさすりながらつぶやく。


「その上、斥候班からの報告では、濃霧と突発的な吹雪によって視界がさらに悪化する可能性があるわ。そして、ちょっと見てほしい映像があるのよ……さっき斥候班から送られてきた最新の映像を見せるわね」


 マリアがホログラムを展開すると、白く霞んだ地平線と、吹雪の中をゆっくりと移動する黒い影のシルエットが映し出された。


 それは狼のようでありながら、あまりにも大きく、異様な存在だった。


 誰かが息を呑んだ。


「……これは、まさか」


「断定はできないけれど、咆哮に伴って気象データに大きな変動が生じているのは確かよ。環境ログとの突き合わせでも影響が一致してる。明らかにただのモブじゃないわ」


「こいつが、フィールドボスってことか」


 ゼインの言葉に、ユリウスが頷く。


「この雪原エリアは、リリース前に公式が言及していた“特殊エリア”の条件に完全に一致している。視界制限、気温異常、一本道の地形構成、そして試練のように待ち構える存在――これは、初のフィールドボスと見て間違いないだろう」


「となると、あの先に見える構造物は?」


「斥候が確認したのは、霧の向こう――遥か遠方に見える城壁のような輪郭だけだ。詳細は不明だが、おそらく街のような人工物があると見られている」


 マリアが補足する。


「新たな拠点の可能性が高いわ。でも、そこに到達するには“影”の排除が前提になる」


「マップの区切りが不明瞭な以上、接近は慎重に行くべきだな」


 ユリウスは地図を拡大し、赤くマーキングされた地点を指差す。


「今回の作戦目標は三つ。

 一、雪原エリアに出現した推定フィールドボスの正体を確認し、必要に応じて交戦。

 二、構造物への接近ルートの確保と安全圏の設営。

 三、可能であれば構造物の性質――新たな拠点かどうかの判別を行う」


「了解、部隊編成はどうする?」


 ゼインが問うと、ユリウスは手元のパネルを操作しながら続けた。


「《煌光の翼》がメイン先行部隊として雪原に踏み込む。“影”への初動を担う。

 《黒翼の誓約》は待機からの前線突入を担当。影の正体が判明次第、速やかに戦線へ合流してくれ。

 《アトラスの残火》は後方支援。補給と回復、万が一の撤退ルートの確保を中心に動いてもらう」


「了解。耐寒装備は一部支給済み。バフポーションは各自三本持参、予備はうちで管理するわ」


 ギルドリーダーたちはそれぞれの情報端末でデータを確認しながら、作戦の最終確認に入っていった。


 この世界で、特殊エリアに最初に足を踏み入れるということ――それは、ただの名誉ではない。


 “初のフィールドボス討伐”という実績。

 それは、攻略ギルドにとって誇りであり、他すべてに先んじる証だ。


 ユリウスはマップの北端、霧の向こうに置かれた赤いピンを見つめながら、静かに呟く。


「この先に、何があるかはまだわからない。だが――」


「行ってみなきゃ始まらないよな」


 ゼインが軽く肩をすくめる。


 マリアも小さく笑って言った。


「一発で討伐して、他のギルドに見せつけてやりましょう。……私たちが最前線だってね」


 ユリウスが頷いた。


「ああ。そして、次の拠点で乾杯といこう」



 霧の向こうには、まだ誰も知らない雪の大地が広がっている。


 その中心に、ゆっくりと歩く黒い影。

 咆哮とともに、吹雪がフィールド全体を覆い隠す。


 《Everdawn Online》

 その世界は、静かに――けれど確実に、次のフェーズへと進もうとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ