第17話 イベント終了といつもの焚き火
静寂な森の奥、いつものキャンプ地。
朝靄が晴れ、木々の隙間から差し込む光が、湿った土をうっすらと照らしている。
ユウは焚き火のそばにしゃがみこみ、そっと火床に手を伸ばして灰をかき寄せていた。まだわずかに残っていた余熱が、指先にほのかに伝わる。
「ふぅ……そろそろ、片づけるか」
つぶやいたその瞬間、ログの右上に小さなウィンドウが現れた。
【イベント《黎明の宴》は終了しました】
→ ご参加ありがとうございました。
→ 投稿コンテンツは今後、アルバム閲覧機能から確認可能です。
シンプルな通知だった。
あっさりと、しかし確かに。
いくつもの焚き火と、香草の香りと、銀色の相棒と過ごした日々が、一区切りを迎えた気がした。
ユウは視線を空に向ける。
風が枝を揺らし、葉を優しく擦らせる音が、耳に心地よい。
「終わった、か……」
肩口のフードがぴくりと動く。
「ぴぃ……」
ルゥが顔をのぞかせた。
目を細めて、どこかまだ眠たげな様子で、焚き火跡の方を見つめている。
ユウは微笑んで、その頭を軽く撫でた。
「まあ、ぶっちゃけイベントって感じ、あんまりしなかったけどな。……いつも通り、火起こして、焼いて、食って……」
けれどそれでも――確かに、いろいろあった。
香草の扱いが上達したこと。
スキル《即興アレンジ》やエクストラスキル《開拓者の調理術》を得たこと。
そして、ルゥに「草木染の首輪」を贈ったこと。
焚き火の炎とともに、静かに積み重なっていったものが、確かにあった。
ユウはそっと立ち上がると、火床に使っていた石をひとつずつ元の場所へ戻していく。
地面のくぼみをならし、踏み固め、森に馴染むように整える。
火があったことを、誰も気づかないくらいに。
薪を束ねて収納し、簡易五徳を分解して袋へ収めたあと、ユウは手を止めた。
焚き火の跡をじっと見下ろす。
何かを言うでもなく、しばらく黙っていたが――
結局、ぽつりとつぶやいた。
「……まあ、悪くなかったな」
軽く笑って、肩の荷物を背負い直す。
__________
一方そのころ、初期村の広場はどこか浮足立った雰囲気に包まれていた。
《黎明の宴》の終了に伴い、あちこちでログが表示されている。
報酬受け取りのプレイヤー、投稿アルバムを眺める者、結果発表に落胆する者――
「くそー、あと一品だったのに!」
「キャンプ部門、頑張ったけどさ……結局“あのキャンプおじさん”には敵わなかった気がするわ……」
「名前もスコアも出てないのに、評価タグと注目投稿で毎回出てくるのズルいって……」
あちこちから、そんな声が聞こえてくる。
だがその“当人”は、森の奥、焚き火跡のそばで、静かに投稿アルバムの一覧を眺めていた。
《香草焼き肉》《木の実と香草の串焼き》《香草焼き芋と乾燥キノコのサラダ》……
自分が投稿した料理たちが、彩り豊かな画像とともに並んでいる。
どの写真にも、必ず焚き火の光が映り込んでいた。
そして、よく見ると――画面の端に、ちいさく、銀色の鱗が光っている。
「……やっぱ、ちょっとだけ、恥ずかしいな」
名前は出さなくても、スコアが表示されていなくても。
この焚き火と料理のぬくもりが、どこかの誰かに届いていた。
それだけで、十分だった。
「……さて、と」
ユウはそっとログを閉じ、肩口のルゥをひと撫でする。
そのまま立ち上がり、焚き火跡のそばにしゃがみ込んだ。
ルゥはフードの中でごそごそと動き、やがて肩に乗って辺りを見回していた。
「明日からも、また“いつもの生活”だな」
その言葉に、ルゥは「ぴっ」と小さく鳴いた。
夕方、静かに陽が落ちる。
ユウは木の枝を拾い、ゆっくりと火を組み上げる。
イベント中に使っていた料理用の連携ウィンドウは、もう使わない。
ただ、ごく普通の、いつもの焚き火。
ぱち、ぱち、と火が燃える。
それだけで、世界は十分に暖かかった。
ふと、肩の上のルゥが、香草のポーチを鼻でつつく。
「……食いたいのか?」
「ぴぃ」
「ったく、イベント終わっても変わらねえな。……仕方ない、軽く焼くか」
小さく笑いながら、ユウは香草と野兎の肉を取り出し、鉄串に刺す。
炙りながら、ふと、呟いた。
「イベントは終わった。……でも特に何も変わらないな」
──そのあと、しばらく焚き火を眺めていたユウは、立ち上がって小さく伸びをした。
「さて……そろそろ、ログアウトするか」
つぶやきながら、メニューを操作する。
画面の右上には、ログインから“およそ三時間”と表示されていた。
この世界での一日は、現実時間で言えば三~四時間程度。
朝から夕方までを、ちょうどよく駆け抜けるようなテンポだった。
フードの中で眠っていたルゥが「ぴぃ……」と名残惜しげに鳴く。
「大丈夫。明日も、同じように火を起こすからな」
そう優しく告げると、ユウはそっとログアウトボタンを押した。
焚き火の灯が、ゆらりと揺れて――そして、画面はゆっくりと黒に溶けていく。
◆◆◆
ここまで読んでいただきありがとうございました。
これにて、初の公式イベント《黎明の宴》は終了となります。
次話では、運営視点からの舞台裏、掲示板回をお届けします。
その先には――
ユウの焚き火の灯りとはまた別の場所で、世界が静かに動きます。
攻略組による初のフィールドボス討伐、そして新たな街の開放へ――
Everdawn Onlineは、次なるフェーズへと進んでいきます。
まあ基本はスローライフなんですけど(笑)




