第16話 開拓者の調理術(後編)
せっかくなら、このスキルがどんな影響を持つのか、試してみたくなった。
ユウはバッグの中から、保存していた乾燥ハーブと野草の束を取り出す。
「今日の昼は、ちょっと凝ってみるか」
選んだのは、川魚の燻製。
しかも、ただ焼くだけではなく、木の葉と香草でくるみ、炭火の煙でじっくりと燻しながら火を通すスタイルだ。
まずは魚。
昨晩、水際で仕掛けておいた簡易の罠にかかっていた“銀鱗ヤマメ”。
鱗を丁寧に落とし、内臓を処理し、塩と香草で軽く下味をつけておく。
次に、村で手に入れた香草とシトレラ草を幾重にも重ねて、魚全体を包む。
その上から、湿らせた布で軽く覆い、焚き火の周囲に組んだ枝の上に設置。
直火ではない。
煙の流れを読む位置に置き、炭の香りとハーブの香りをまとわせながら、じっくりと時間をかける。
一方、その間に副菜として、スープを作る。
とろみのある木の実のペーストをベースにし、輪切りにした森のキノコと、刻んだ野草を加える。
火を強めすぎず、弱火でじわじわ煮込んでいく。
スープがふつふつと静かに泡を立てる中、燻された魚からは芳醇な香りが漂ってくる。
炭と木の葉、ハーブの三重奏。森の中に広がる“食の音楽”だった。
「くぅ……自分で作っておいてなんだけど、腹減るなこれは……」
ルゥも、すでに身を乗り出していた。
いつもより目が真剣で、ぴぃぴぃ、と細く鳴きながら、網の上をじっと見つめている。
魚を取り出し、そっと葉を剥がす。
香草の蒸気がもわっと立ち上がり、皮はパリッと、身はほろほろと崩れる柔らかさに焼き上がっていた。
皿に盛りつけ、スープを添える。
まずはルゥに一皿――と言うまでもなく、仔竜はぴたりと張り付いて、すでに一口目を頬張っていた。
そして――びたんっ!びたんっ!
何度も小さな尻尾が地面を打ち鳴らす。
「……おまえ、分かりやすいな」
尻尾はぱたぱたと鳴り続け、ルゥは身をすり寄せるようにしてユウの足元に戻ってくる。
そしてそのまま、足の甲にぺたりと顔を押しつけて、ふにゃあと鳴いた。
「また甘えモードか……しかも今日は、そういうパターン?」
ユウは微笑みながら問いかけた。
そして不思議に思いつつも、明らかにルゥの甘え方が積極的なのは分かった。
抱っこをねだるような仕草、胸元に前足を押し当ててくる動作。
まるで、もっと近くにいたい、と言っているようだった。
その小さな体の重みに、ユウはふと、何かが満たされるような感覚を覚えた。
焚き火の火を小さく落とし、片付けも終えたころには、太陽はだいぶ高く昇っていた。
ルゥは満足したのか、今はユウの膝の上で丸くなっている。
食後の甘え方はどこか子猫じみていて、手のひらでそっと背をなでると、うとうととまぶたを閉じ始めた。
ユウは手に伝わるルゥの鱗を感じながら、手元のログウィンドウを指でなぞった。
《開拓者の調理術》
金色のラベルが、炎の光と重なってちらついていた。
ユウは焚き火を見つめながら、小さく呟いた。
誰かを倒したわけでもない。
どこかを攻略したわけでもない。
ただ火を起こして、料理をして、誰かに見せて、そして味わってもらって――
それだけのはずだった。
でも、その“だけ”が、確かに残っていた。
ログにも、スキルにも、そして、ルゥの心にも。
「こういう形も……ありなんだな、きっと」
目を閉じて、ルゥの寝息を聞く。
とても穏やかな、静かな時間だった。
ログウィンドウを閉じて、荷物をまとめ、背中をそっと伸ばす。
明日の料理を考えながら、焚き火の跡を整える手にはどこかいつもより満ち足りた雰囲気があった。
「おまえ、明日もちゃんと食べる準備しとけよ?」
そう声をかけると、ルゥが「ぴ……」と小さく応えた。
焚き火の炎が、最後の火花をちらりとあげ、風に流されていった。
森の奥、誰にも見つからない小さなキャンプ地で、ひとりと一匹の物語は、静かに続いていた。




