第15話 開拓者の調理術(前編)
焚き火の余熱がまだ残る、朝の森。
木々の隙間から、淡い光が斜めに差し込み、地面の草を銀色に染めていた。
ユウは、ログインすると昨日と同じ場所で目を覚ました。
起き抜けにまず確認するのは、焚き火の火が完全に消えているかどうか。
その確認が日課のようになっていた。
「……よし、火の元は安全」
立ち上がって伸びをすると、背中でごそごそと動く気配。
フードの中から、銀の仔竜――ルゥがひょこっと顔を出した。
「ぴぃ……」
寝起きの鳴き声は、少し掠れていて可愛げがある。
ユウは苦笑しながら、昨日の投稿を確認するためにログを開いた。
「昨日の評価、どうだったかな……けっこう香りとか気を配ったけど――」
表示された投稿履歴の画面には、焚き火料理|《香草焼き芋と乾燥キノコのサラダ》の評価タグが並んでいた。
「香り豊か/自然との調和/癒し系」
――ここまでは、いつも通りか。
だが、その下に小さな文字で、初めて見るタグがついていた。
《創意工夫》《開拓的視点》
「……あれ?」
目を細めて見直す。間違いではない。
いつもはつかないような言葉が、明らかに追加されていた。
タグは、AIによって自動的に評価され自然に生成される。
だからこそ、自分でも予想外のものがつくと、少し驚く。
「タグって、自分で選べるもんじゃなかったよな……?」
不思議に思いながらも、特に通知はない。
何か異常が起きている様子もない。
ルゥが肩越しに画面を覗き込み、ぴ、と短く鳴いた。
「まあ、いいや。朝飯作るか」
火種を起こし直し、ユウは荷物の中から食材を取り出した。
今日の献立は、干し魚の香草漬け焼きと、森で採れた木の実のスープ。
乾燥させた淡水魚に、塩とすり潰した香草をまぶし、軽く水をふりかけて一晩漬けておいたものだ。
「まずは、火の加減だな……」
焚き火の中心に炭を集め、鉄網をその上に乗せて火力を安定させる。
じゅわ、と音を立てて、干し魚の表面から脂が浮き出てくる。
ルゥがじっとその様子を見つめていた。
鼻をひくひくと動かしながら、何かを感じ取っているようだった。
「おまえの分はちゃんとあるからな、焦るなよ」
ユウは少しからかうように笑いながら言った。
魚の焼き加減を見ながら、ユウは鍋の準備に取りかかる。
森で拾った甘味のある木の実と、朝に摘んだマルホウ茸を刻み、出汁と一緒に煮込む。
途中で、香草が足りないことに気づき、ポーチの中を探す。
すると、シトレラ草が1枚だけ残っていた。
「……けっこう合いそうだな」
《即興アレンジ》のスキルがほんのりと発動する。
“現在の食材組み合わせに対し、香りの相性:良好”という小さな表示が出た。
すぐさまシトレラ草を刻んで加える。
するとスープ全体に、爽やかさと深みのある香りが一気に広がった。
魚は片面が焼き上がり、ほどよい焦げ目がついていた。
くるりと裏返すと、またじゅ、と音を立てて香ばしい煙が立つ。
ルゥが「ぴぃ……!」と身を乗り出すように前に出た。
「もうちょい待てって、あと数分だ」
ユウはそう言って、焼き台の位置を数センチだけずらす。
直火ではなく、じっくり炙る“余熱ゾーン”へと移したのだ。
やがて魚もスープも完成し、ルゥの皿に先に盛り付けてやると、嬉しそうに尻尾を振りながら食べ始めた。
ユウも静かに一口目を口に運ぶ。
――その瞬間だった。
視界の端に、淡い青白い光とともに、システムウィンドウが浮かび上がる。
しかも、一度ではなく、何重にも重なるようにして。
【通知】
プレイヤー行動傾向評価:更新中……
→ 野営系統/創造系統/自然適応率 高レベル
独立評価項目:調理品質評価ランク:S-
→ 特定条件を満たしました
【特殊評価達成】
→ エクストラスキル《開拓者の調理術》を獲得しました。
「……は?」
食べていたスープを飲み下し損ね、軽くむせそうになる。
ユウは口元を押さえながら、目の前のウィンドウを凝視した。
「なんか……変なの、きたぞ……?」
文字通り、何の前触れもなく、それは訪れた。
報酬条件の表示もなければ、クエストの更新ログも出ていない。
ただ、“行動評価により自動的にスキルを付与”された。
ユウは、ただ呆然としたまま、目を瞬かせた。
_________
スキル一覧を開くと、いつもとは違う光の色が目に飛び込んできた。
金色――それは、基礎スキルや応用スキルの青や緑とはまったく違う、特別な輝きだった。
そのラベルには、こう記されていた。
《開拓者の調理術》
カテゴリ:エクストラスキル
内容:自然由来の食材を用いた創造的調理に対し、高い適応性とボーナスを与える。
効果:野外調理における状態変化の発生率減少、料理効果持続時間の延長、モンスターとの関係向上に影響する可能性あり。
取得条件:非公開
「……“エクストラ”……?」
何度読み返しても、そこに表示された言葉は変わらなかった。
これまで自分が取得したスキルたち――【火起こしLv1】、【調理Lv2】、【調理:応用Lv1】、【即興アレンジ】、【肉焼き・熟練】。
それらの下に、明らかに異質な“金色のスキル”が並んでいる。
「なんなんだよ、これ……」
スキル画面を見つめながら、ユウは頭の中で整理を始める。
【ユウの所持スキル体系】(現在)
基礎スキル
┗ 誰でも習得できる基本スキル
例:火起こしLv1/調理Lv2
応用スキル
┗ 基礎スキルから派生する応用スキル
例:調理:応用Lv1
ユニークスキル
┗ プレイスタイルや行動から個別に発現
例:即興アレンジ/肉焼き・熟練
称号スキル
┗ 称号に付随するパッシブ効果
例:野営者(HP/MP回復速度UP)
エクストラスキル
┗ 条件非公開の特別なスキル。
例:開拓者の調理術(NEW)
「……これ、たぶんシステムが“勝手に”俺を見て判断したんだよな」
そう気づいたとき、少しだけ背筋がひやりとした。
戦闘もしない、ランキングにも載らない、ひっそりと焚き火をして料理を続けるだけのプレイ。
それが、見られていた――評価されていた、ということ。
「……なんか、ちょっと恥ずかしいな」
ルゥが、満足そうにおなかをぽんぽんと叩いている。
「……でも、ちょっとだけうれしいかも」
そんな言葉が、ふと漏れた。
ユウは画面を閉じて、再び焚き火の炎に目を向けた。