第14話 首輪と甘えん坊
イベント開始から数日後、ログインと同時に、画面右上に通知ウィンドウが浮かび上がる。
【イベント報酬を受け取りました】
→ 配布アイテム:「草木染の小さな首輪」
小さな緑の首輪が、インベントリに追加される。
ユウはそのアイコンを見た瞬間、自然と笑みをこぼしていた。
「うん、やっぱり似合いそうだよな……」
イベント《黎明の宴》キャンプ部門。
焚き火料理を投稿するだけという地味な参加条件だったが、
この首輪の存在に気づいたとき、ユウは迷わず参加を決めていた。
自然染めの草木色。手編みの素朴な作り。
過剰な装飾は一切なく、ただ優しい色味と温もりがある。
――あの小さな銀の仔竜に、きっとよく似合うと思った。
ユウはインベントリからアイテム詳細を開く。
【草木染の小さな首輪】
ペット用アクセサリ。
自然を愛する者に贈られる首輪。草木の香りとやわらかな編み目がペットの心をほぐす。
《料理効果拡張》
装備中、ペットがプレイヤーの調理した“自然由来の料理”を食べた際、
信頼度上昇に+補正が加わる。
ユウは「なるほどな」と小さく呟く。
効果はおまけみたいなものだ。
この首輪を選んだ理由は、ただ――“ルゥに似合うと思った”から。
「つけてみるか?」
フードの中で丸まっていたルゥが、ぴょこりと顔を出す。
銀の鱗が光に反射して、きらりと揺れた。
「……ほら、首輪。草の匂いするだろ?」
手のひらに載せて差し出すと、ルゥはくんくんと念入りに匂いを嗅ぎ、
小さく「ぴ」と鳴いた。どうやら気に入ったらしい。
ユウはルゥをそっと抱き上げ、両手で首輪を装着する。
やわらかい草木の編み目が、銀のうなじにふんわりと馴染んだ。
「……やっぱ、似合うな」
ルゥは最初こそ首を傾げて不思議そうにしていたが、
すぐに前足をぱたぱたと動かして、フードに飛び戻ってきた。
ぴたりとユウの背中に張りつくと、尻尾をふわふわと揺らしながら、
甘えるように首元にすりすりと顔を押しつけてくる。
「わっ、ちょ……なに急に。今日のおまえ、やけに積極的じゃないか?」
香草の香りがふわりと漂う。
背中にのしかかる体温は、どこかいつもよりぴったりとくっついている気がした。
「……甘え方が、ちょっと違う……?」
違和感とまでは言えない。
けれど何かが変わった。ほんの少し、だけど確かに。
それが草木染の首輪の“効果”なのかは、ユウにはまだ分からなかった。
________
ユウの現在いる場所は森の奥、小川沿いの開けたスペース。
地図に名前のないこの場所は、ユウにとってもう“キャンプ地”として定着しつつある。
小石を積み上げて風よけを作り、枯れ枝で組んだ焚き火に火を灯す。
ぱち、ぱち、と湿気を含んだ木が心地よく音を立てて燃えていた。
「今日のメニューは……香草焼き芋と、乾燥キノコのサラダだな」
昨日、森の奥の倒木付近で見つけた柔らかい山芋。
村の店で見かけた香草オイルと、乾燥ヒラキノコも少し仕入れていた。
手早く皮をむき、木串に刺した山芋を火の弱いところで炙る。
じっくりと加熱されることで、甘みが引き出されていく。
ルゥはユウの肩から身を乗り出し、じっと串を見つめていた。
鼻先がぴくぴくと動いている。
「気になるか。……焼けるまで、もうちょっと我慢な?」
ぴぃ、と短く鳴いてから、ルゥはまた背中に収まる。
その動きすら、どこかいつもよりしなだれかかるような、甘えた体勢だった。
サラダには香草オイルを少し垂らし、刻んだ木の実と野草を加える。
完成した料理は、焚き火の柔らかな光の中でほのかに香った。
「ほい、おまちどお」
ユウが焼き芋の串を差し出すと、ルゥはひとくちでぱくり。
もぐもぐ……くん、と鼻を鳴らして、目を見開いた。
そして――
「ぴぃぃぃぃっ!」
ぐるぐると地面を転がりながら、尻尾をびたんびたんと地面に叩く。
その動きはもう、嬉しさ全開だった。
「そんなに気に入ったのかよ……」
苦笑しながらも、ユウの視界にはふわりとシステムウィンドウが開く。
【通知】
個体|《???》が「香草焼き芋と乾燥キノコのサラダ」に強い反応を示しました。
→ 該当アイテムが“好物”として登録されました。
→ 信頼度上昇補正:+10%
【料理効果拡張】草木染の小さな首輪の効果により、
自然由来料理による信頼度ボーナス:+5%
→ 信頼度上昇合計:+15%
「……おお、出た出た。好物登録、か」
ユウは自分の分の焼き芋を食べながら、ルゥの様子を観察する。
甘さと香草の香りが口いっぱいに広がり、焚き火の温もりと合わさって、心が溶けていく。
目を細めながら、ユウはつぶやいた。
「やっぱり、この首輪……本当におまえに合ってるな」
食後、ユウが焚き火の火を整えているあいだも、ルゥは背中から降りようとしなかった。
いつもなら、腹が満たされたあと少し離れた場所で丸くなって寝たり、倒れた木の上に飛び乗って遊んだりもする。
けれど今日のルゥは、終始ユウにぴったり寄り添ったままだ。
首元に顔を預け、すりすりと甘えながら、時折ぴ、と鳴いてユウの服をちょんちょんと引っ張る。
まるで、“もっとかまって”とでも言いたげに。
「おまえ……今日は甘えん坊すぎないか……?」
ユウは片手でそっとルゥの頭を撫でる。
しっとりとした鱗の感触に、微かに香草の香りが漂った。
「でもまあ……悪くないな」
ほんの少しの変化。
でもそれは、ユウにとって確かな実感だった。
信頼度の数値がどうとか、首輪の補正がどうとか、
そんなシステム的なものではなく――もっと、心の距離のこと。
ルゥの温もりが、焚き火の光と混ざって、じんわりと背中を温めていた。
焚き火が、ぱちん、と乾いた音を立てた。
火の粉がふわりと宙に舞い、夜風に揺られて消えていく。
夜空には月が昇り、木々の隙間からこぼれる光が草地に銀の筋を落としていた。
ユウは荷物を整え、木の根元にマットを敷く。
フードの中で、ルゥはすでに目を閉じている。
かすかな寝息が、首筋に心地よく当たる。
「まあ……べったりされるのも、悪くないな」
ユウはそうつぶやいて、静かに目を閉じた。
草木の首輪が、わずかに光を反射して揺れる。
その編み目に編み込まれていた小さな花飾りが、そっと揺れていた。
焚き火と、料理と、信頼と。
何かが確かに深まっていく、そんな夜だった。