第12話 焚き火は今日もどこかで
ぱち、ぱち……。
今日も焚き火が、静かに森を照らしていた。
地図にも載っていない、小川のそばにある少し開けた場所。
初期村から離れたこの場所は、ユウがいつものキャンプ地として使っているお気に入りの空間だ。
木漏れ日が揺れ、風が葉を揺らし、小鳥の声が遠くで響いている。
ユウは、鉄串に食材を刺しながら、そっと焚き火にかざした。
「今日は《木の実と香草の串焼き》……色味も、ちょっと意識してみるか」
昨日の夕方、森を歩いていたときに見つけた倒木のそば。
そこに横たわっていた、すでに命を落とした小型の野生モンスターから肉を少しだけ採取した。
腐敗もなく、気配も新しい。おそらく何らかの事故か、他の獣との争いによる自然死だろう。
「俺が手を出したわけじゃないし……ありがたく、いただこう」
それがユウのスタンスだった。
戦わない。
けれど、“食材”との出会いには、常に真摯でいたい。
肉と一緒に刺すのは、初期村で仕入れた少し甘味のある木の実と、朝に摘んだシトレラ草。
香ばしさ、甘み、爽やかな香り。三つの要素が重なるよう、順番と並びに気を配る。
焚き火の炎に、串がじわじわと炙られていく。
くんくん、と鼻を鳴らす音。
肩口のフードから、銀の仔竜――ルゥが顔を出していた。
小さな赤い瞳が、焼けていく串をじっと見つめている。
そして少しだけよだれが垂れていた。
「焼けるまで待てよ」
冗談めかして言えば、「ぴぃ」と可愛く返ってくる。
今日も機嫌は良さそうだ。
串の焼き上がりを確認し、火からおろす。
少し冷ましてから、ひとつをルゥの前に差し出すと――
ぱくっ。
香草を巻いた一口を、ルゥは目を細めながら噛みしめた。
小さな尻尾が、ぴたん、と地面を軽く叩く。
「よし、今日も合格ってことか」
ユウは、もう一本の串を自分の口に運ぶ。
口の中に広がる、香草の香りと、木の実のやさしい甘み。そして、肉の旨みがゆっくりと染みわたっていく。
「……ああ、うまい」
自然の中で、静かに、あたたかい食事をとる。
それだけで、生きている心地がした。
ユウの目の前に、小さなウィンドウが浮かぶ。
【焚き火料理|《木の実と香草の串焼き》を投稿しました】
→ 評価タグ:香り豊か/自然との調和/癒し系
「“癒し系”って……やっぱりそうなのか?」
ユウは、少し照れたように苦笑した。
だが、なぜか否定する気にもならなかった。
その頃――
初期村の掲示板付近では、数人のプレイヤーが集まり、にぎやかに話していた。
「おい、またこの“非公開”のやつ、料理評価ついてるぞ」
「昨日の“香草焼き肉”もやばかったけど、今日は串焼きか」
「タグ、見てみ。“癒し系”って連続でついてるし、“香り豊か”とか“自然との調和”とか……高評価すぎだろ」
「しっかし投稿者名非公開なんだよなー。なんでこんな丁寧に投稿してるのに非公開にするのか」
「もしかしてさ……運営のデモ投稿だったりして?」
「いや、全部違う構図だし、毎回“焚き火と一緒に写ってる”って共通点あるらしいぞ」
「え、じゃあ焚き火職人?」
「もしかしてなんだけどさ……あの銀色の仔竜と一緒にいた人、じゃね?」
一瞬、空気が止まった。
「まさか。あのプレイヤーと、この投稿者が……?」
「いや、断定はできないけど、雰囲気が似てるって言ってる人もいるよ。森の奥でソロ生活してるらしいし」
「名前は非公開。でも、タグだけで“あの人だ”って分かるって……それって逆に、すごくない?」
一方、森。
ユウは焚き火を整えながら、次の献立を考えていた。
ふと、ルゥが「くしゅっ」とくしゃみをする。
焚き火の煙に、少し鼻が反応したらしい。
「おまえ、相変わらず香草好きなのに弱いな」
ぴぃ、と返事が返ってきて、ユウは笑う。
フードの中でルゥが体を丸める。
小さな寝息とぬくもりが、背中から伝わってくる。
焚き火は、今日も静かに燃えていた。
画面の向こう――
誰かがその投稿を眺めている。
名前は分からない。どこの誰かも分からない。
けれど、そこにある温もりだけは、確かに伝わってくる。
そのうち誰かが言い出すだろう。
「この焚き火飯、毎日投稿してる人、誰なんだ?」と。
やがて、ひとつのスレッドが生まれる。