第11話 イベント開始と焚き火の登録
翌日、朝露が消えぬうちに、ユウは森の焚き火跡に戻ってきていた。
昨日、村の掲示板で見かけた正式イベント――《黎明の宴》。
「しかしまあ、イベントって、もっと派手な戦闘系ばっかかと思ってたけどな……。まさか“キャンプ部門”まであるとは」
呟きながら、ユウはログイン時に追加されていた専用メニューを開く。
《イベント参加登録:キャンプ部門》
項目の中には、〈焚き火料理〉、〈風景写真〉、〈リラックス装備の展示〉など、まさに彼が普段から自然とやっていたことばかりが並んでいた。
それと、参加時の設定欄に「プレイヤー名公開:オン/オフ」「スコア表示:オン/オフ」の項目が並んでいた。ユウは、迷うことなく両方をオフに切り替える。
「名前は出さなくていいし、スコアなんてのもいらないな。……ただ、参加特典ほしいだけだし」
「……よし、試しに“焚き火料理”から登録してみるか」
そう呟くと、肩口のフードの中から銀の仔竜――ルゥが「きゅ?」と顔を出した。
「……お前のためでもあるからな。首輪、欲しいだろ?」
ルゥは一瞬きょとんとしたあと、ぱたぱたと尻尾を振った。
「やっぱ分かってるんじゃねぇか……」
ユウは思わず笑ってしまった。
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いつもの森の一角。
小川のせせらぎと、木漏れ日の下で、ユウは静かに焚き火の準備を始めた。
薪は昨日のうちに乾いた枝を集めておいたもの。炭火を安定させるために、石を囲んで風を防ぎ、火床の形を少し整える。
そして――焚き火の横に設置された“イベントログ投稿用ウィンドウ”を起動。
《料理ログ連携:オン》
《自動撮影モード:アクティブ》
「ふーん、勝手に撮ってくれるのか。便利だけど……ちょっと恥ずかしいな」
呟きながら、鉄串と香草を取り出し、調理を開始する。
メニューはもちろん、《香草焼き肉》。
昨日の成功例を元に、火加減と草の炙りタイミングをさらに調整していく。
肉の表面がじゅわっと焼け、香りが立ち上る。
シトレラ草を巻き付けて風味を閉じ込め、ルゥの前に差し出す。
「さあ、ご試食どうぞ。……シェフ渾身の一品です」
ルゥはぴた、と瞬きをしてから、くんくんと慎重に香りを確認し――ぱくっ。
「ぴぃいいっ!」
尾が地面を軽やかに叩く音が、満足度を物語っていた。
直後、ユウの視界にウィンドウが立ち上がる。
【投稿写真が保存されました】
【料理:香草焼き肉】
→ 評価タグ:香り豊か/自然との調和/癒し系
「……高評価……ってことか? いやいや、適当に焼いてただけなんだけどな……」
画面には、焚き火を囲む料理の写真と、背景に広がる木漏れ日の風景が、まるでポストカードのように並んでいた。
「なんか……こうして見ると、悪くないな」
静かに、でも確かな手応えがあった。
その後も、ユウは昼過ぎまで数品の“焚き火キャンプ飯”を記録した。
・焼き魚の香草蒸し
・木の実入りの香ばしスープ
・肉の炙り串と即席香味サラダ
いずれも焚き火ひとつで作れる素朴なアレンジ料理だが、どれもルゥには大好評だった。
料理が完成するたびに、画面上に投稿確認のウィンドウが表示され、イベント専用スコアが蓄積されていく。
【焚き火料理スコア:620pt】
【累積参加数:3品】
【現在の部門順位:未表示(非公開設定)】
「ちゃんと非公開になってるな……これで変に目立たずに済む」
投稿を見られるのは別に嫌じゃない。
でも、“勝つため”じゃなくて、ルゥの“笑顔が見たいから”やってるんだ。
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夕方近く、焚き火の片付けを終えたユウは、小さな木製のカップにハーブティーを注ぎながら、イベントメニューの別ページを開いてみた。
《風景写真投稿》
「……写真か。まあ、昨日の朝焼け、よかったしな」
イベントページには、自動保存された風景スクリーンショットがサムネイルとして並んでいた。
その中に――あった。
丘の上、朝焼けを背に、香草が風に揺れる風景。
そして、肩に乗ったルゥの鱗がほんのり虹色に輝いていたあの瞬間。
「……これにしよう」
静かに送信ボタンを押す。
それだけの操作だったのに、ユウの胸には不思議な高揚があった。
【風景写真|《香草と朝焼けの丘》を投稿しました】
新たなウィンドウが表示され、タグが自動生成される。
→ 評価タグ:構図美/自然との共存/癒し系
「また……癒し系、か」
ユウは微笑み、ルゥの頭をそっと撫でた。
「よかったな、俺たち、癒し系なんだってさ」
ルゥは甘えるように、ふにゃあと体を預けてくる。
「ぴぃ……」
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その日の夜。
村の掲示板近くでは、他プレイヤーたちのイベント参加が本格化し始めていた。
「キャンプ部門で上位目指すなら、食材ルート確保しなきゃな」
「風景写真って構図勝負? それともレアな天候?」
「おい、この“香草焼き肉”のタグ見た? めっちゃ評価高いのに、投稿者名もスコアも出てないんだけど……」
「非公開設定か? 謎すぎんだろ、これ……」
誰が投稿しているのかは誰にもわからない。
けれど――どの料理にも、どの写真にも――暖かな雰囲気があった。
だが、その男――ユウはそんな騒ぎとは無縁に、森の奥でそっと眠りにつこうとしていた。
焚き火の火は、まだ小さく、しかし確かに燃えていた。
その火のそばで、銀の仔竜が小さな寝息を立て、フードの中で丸くなる。
「明日もまた、何か作ろうな。……今度は、デザートでもやってみるか?」
誰に聞かせるでもない独り言。
だがそれに応えるように、ルゥの尻尾が、ぴたん、と一度だけ動いた。
焚き火と、料理と、仔竜と。
イベントの喧騒とは遠く離れた場所で、ひとりの男は静かに――でも確かに、今この世界に“参加”していた。
そのぬくもりは、誰よりも穏やかで、誰よりもあたたかかった。