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第8話 冷徹な拒絶

 王宮や貴族院からの誘いがますます強くなるなか、パルメリア本人は淡々と拒絶を貫いていた。

 貴族社会で「王都から要職に就いてほしい」と正式に依頼されるのは、誰もがうらやむ栄誉だ。優れた業績や高い評価がなければ、そもそも声など掛かるはずもないというのに、当の本人があっさりと蹴っているのだから、周囲の戸惑いは日に日に増していく。


「いったいどうしてしまったの? あのパルメリアが、まるで興味を失っているなんて……」

「昔なら領地の発展や社会改革に真っ先に取り組んでいたのに、今はなぜ……?」


 かつての彼女を知る者たちにとって、この変貌ぶりはまるで別人のように映っていた。

 だがパルメリアには、独裁と粛清の末に自らが処刑された記憶がある。あの結末を繰り返したくないという強い拒絶が、行動を縛りつけているのだ。


 そんなある日の午後、パルメリアの屋敷を若い伯爵令嬢が訪問した。

 王都の噂で「パルメリアが要職の話を断り続けている」「社交の場からも姿を消した」と耳にし、居ても立ってもいられなくなったらしい。案内に従い応接室へ入ってきた伯爵令嬢は、表情に安堵をにじませつつも、不安そうな眼差しを向ける。


「ごきげんよう、パルメリア様。しばらくお見かけしませんでしたが、ご体調はいかがです? 最近はまったく社交の場に出られないと聞きましたので……」


 パルメリアは穏やかな調子で「ええ、体調なら問題ないわ」と返すが、その声には以前のような明るさや親しみは感じられない。伯爵令嬢を歓迎する笑顔も見せず、終始冷めきったままだ。

 目の前の友人があまりに素っ気ない態度をとるので、伯爵令嬢は少し声を落とした。


「そう……ご無事ならよかったわ。ただ……王都からのお誘いをずっと断り続けていると聞いて、皆が心配しています。何かあったのかと……私も気になって……」


 けれどパルメリアは、微笑を浮かべつつもあっさりと言い切った。


「わざわざありがとう。でも本当に何もないの。ただ、興味がなくなっただけ。――そう伝えておいてくださる?」


 まるでそれだけが結論だと言わんばかりの態度。伯爵令嬢は言葉を失いかけた。

 要職の要請を拒むなど、普通の貴族なら到底考えられない。ましてや、かつてのパルメリアなら率先して国政や領地の発展に奔走していたのだから、彼女がどうしてここまで冷淡なのか想像もつかない。


 結局、「そ、そんな……どうして?」と問いただしても、パルメリアは淡々と微笑するばかり。以前は思いやり深く、快活な性格だった彼女が、こんなにも壁をつくる姿は伯爵令嬢にとって衝撃でしかなかった。やむなく「また改めて伺いますわ……」と名残惜しそうに去っていく。


 実は、こうして戸惑うのは彼女だけではない。パルメリアがここ最近動かない一方で、領地内ではかえって「パルメリアが示唆(しさ)した助言が大きな成果をあげた」という話が広がっていた。農地の改良や商人との取引条件など、何気なく口にした提案がきっかけで状況が劇的によくなった例がいくつも生まれたのだ。

 そうした成功体験を耳にした人々は、彼女をまるで救世主のように仰ぐようになり、一部の声は王都にまで達している。それなのに、彼女本人がすべてを退けてしまうため、周囲はなおさら困惑を深めるばかりだった。


「王宮の政策顧問の話まで断っているとか……まったく理解できない。あれだけの才覚をなぜ使わないのかしら?」

「一体どういう心境の変化なんだろう。お嬢様は大変なわがままになってしまったのか、あるいは……」


 そんな(ささや)きは王都にも広がり、ある者は「傲慢な公爵令嬢」と非難し、ある者は「すべてを捨てた聖人のようだ」と極端に称える始末。しかし、どちらの解釈であれ、彼女が「動かない」という事実は変わらない。


(どう思われても構わないわ。私が動けば、前に見た惨劇がまた繰り返される――。前の私がどんなに理想を語ったって、あの血と暴力の結末を防げなかった。だから、もう誰のためにも立ち上がらない。誰かを救うなんて、私にはできない……)


 その胸中を決して口にはしないまま、パルメリアは応接室を後にして屋敷の奥へと姿を消した。表向きの理由は「興味がない」。しかし、かつて独裁の末に処刑された記憶が生々しく、どれほど期待を寄せられようとも「もう動かない」と自らを戒め続けている。

 周囲から見れば不可解な冷淡さはますます際立ち、伯爵令嬢のように「なんとか昔の彼女に戻ってほしい」と願う人々が増えるほど、パルメリアは一層強固に殻へと閉じこもっていく。

 誰にも打ち明けられない過去の破滅――その影を背負う彼女の心には、「ここで立ち止まる」以外の選択肢など、もはや見えなくなっていた。

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