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第5話 空虚な再会

 パルメリアは自室に閉じこもったまま、本を広げるふりをしては何も読まず、ただ(うつ)ろに時間をやり過ごしていた。そこへ、廊下を通りかかった使用人たちのひそひそ声が耳に入ってくる。

 どうやら「体調を崩した」という噂を聞きつけ、幼馴染のレイナーをはじめ友人たちが見舞いに来ているらしい。

 以前なら、その知らせを受けた瞬間、パルメリアの顔には自然な笑みが浮かんでいたはず。しかし今、彼女の胸を満たすのは、奇妙なほどに重々しい感覚だけだった。


(本当は懐かしいと思いたいのに……どうしてこんなにも会いたくないのかしら。前の人生では、レイナーと共に王政を倒し、新しい国を築く夢を語ったわ。それでも最終的に、私は独裁の果てへ進んでしまった。あのとき彼がどれだけ止めようとしたか……思い出すと胸が痛む。でも、いまさらそれを口にできるはずもない)


 使用人が「レイナー様たちが応接室にいらしておりますが……」と案内を申し出たのを、パルメリアは軽く制する。「私が行くわ」とだけ告げて立ち上がり、わずかに息を吐いた。

 重い足取りで廊下を抜け、応接室へ向かうまでのわずかな時間――彼女の心は、もう二度と戻れないはずだった前世の記憶と、わずかな戸惑いで乱れていた。


「パルメリア……大丈夫か? 倒れたって聞いて驚いたよ。急いで来たんだけど、具合はどう?」


 長い付き合いだからこそにじむ、深い思いやりがその声から伝わる。以前の彼女なら、その優しさに素直に微笑み返しただろう。だが、いま彼女が返せるのはあまりにも冷たい一言だ。


「……ええ、大したことないわ。心配してくれてありがとう」


 どこか温度の感じられない響きに、レイナーはわずかに目を見開く。かつてなら微笑みとともに返ったはずの言葉に、笑みの形跡すら見えない。

 貴族仲間の一人が何か言いかけるが、声にならずに止まってしまう。


(前の記憶を思い出すと、あなたの優しさが余計に痛い。あの頃は同じ未来を信じていたのに。結局、私は彼らの期待を裏切る道を歩んでしまった)


 パルメリアは一瞬だけ視線を下げ、「平気よ。少し疲れが溜まっただけだから」と付け足すが、明らかにそっけない。

 遅れて令嬢の一人が慌てて部屋に入り、「パルメリア、大丈夫? 本当に大丈夫?」と、その手を取ろうとする。けれど彼女は自然に手を引き、令嬢の瞳に戸惑いが宿った。


「……ごめんなさい。いまはそういうの……遠慮したいの」


 低く(つぶや)かれたその言葉に、冷たく突き放すような調子が混じる。レイナーはさらに声をひそめ、「本当に悩みはないのか?」と問いかけるが、パルメリアはわずかに首を振るだけだ。


「何もないの。しばらくゆっくり休みたいから……皆には心配かけて悪いわね」


 つい先日までの彼女なら、領地の改革や新しい構想について生き生きと語り合い、彼らと笑い合っていた。いまは、そうした意欲が消え失せたことが誰の目にも明白だ。


(レイナー……。あなたが最後まで私を救おうとしてくれたのに、私は独裁へ進み、処刑されてしまった。今さら同じ道を回避できる気がしないの……関わるほどに、あなたの優しさが痛むだけよ)


 胸に広がるその思いを口に出すことはできない。彼女は曖昧に微笑むが、それは「これ以上は何も話すまい」と告げる無言の合図だった。レイナーたちは困惑の表情を隠せず、言い(よど)んだまま「ゆっくり休んで……落ち着いたら話を聞かせて」と告げる。

 だが、パルメリアはただ小さく頷くだけ。まるで心の扉を固く閉ざしてしまったかのように。


「……分かった。無理しないで、休んでほしい。僕たちはいつでも力になるから……」


 レイナーがそう言葉を残して部屋を出ると、残された友人たちも気まずそうに視線を交わしながら彼女の後に続く。去り際、レイナーが心底不安そうに振り返るのが見えたが、パルメリアは視線を下ろしてやり過ごすだけだった。


 廊下へ出た友人たちは、小声でささやき合う。


「やっぱり、様子がおかしいわ……。まるで別人みたい」

「何か悩んでいるに違いないのに、何も打ち明けてくれないし……どうすればいいんだろう」


 彼らは友人の豹変(ひょうへん)ぶりにひたすら戸惑い、不安を抱えたまま屋敷を後にする。

 一方、応接室に取り残されたパルメリアは、重い足取りでソファへ腰を下ろした。かつては心踊る場だったはずなのに、いまは息苦しさしか感じられない空間だ。


(……ごめんなさい、レイナー。あなたの優しさを知っているからこそ、近づきたくないの。私が招く結末を、あなたにも再び見せてしまうだけだから)


 そう胸の内で(つぶや)きながら、パルメリアはわずかに唇を噛む。かつて結んだ絆が痛いほど胸を締めつけるが、彼女は立ち上がることができない。

 やがて扉を見つめてから、絶望を押し殺すように薄く息を吐いた。いつの間にか視界に汗ばむ掌が映り、その感触が自分の罪悪感をいや増すように思える。


 こうして、一瞬の再会はかえって彼女の胸に暗い影を落とし、周囲にさらなる戸惑いを残して終わる。パルメリアの心はすでに深い虚無に沈み込み、「もう一度同じ道を辿るなんてまっぴら」という思いから誰も寄せつけない――そんな拒絶が、確かな壁となって彼女を囲んでいるのだった。

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