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第4話 過去の残像

 朝食を終えたパルメリアは、使用人たちが食器を片づけるのを横目に、屋敷の廊下を静かに歩いていた。

 磨き上げられた床は陽光を受けて柔らかく反射し、壁には美しい絵画や生花が飾られている。公爵家の穏やかな朝を象徴するかのような光景だが、彼女の足取りからは生気が感じられない。

 どこへ向かうわけでもなく、ただ脚を動かしているだけ。そんな無為な歩みが、彼女の空虚さを映し出しているようだった。


(また同じ光景が繰り返されるだけ。もう全部わかっているはずなのに、どうしてまだ終わらないのかしら……)


 窓辺を通りかかると、春の兆しを含んだ柔らかな陽射しが差し込んでくる。かつての彼女なら、その温かみに少しでも笑みを浮かべたかもしれない。領民たちの暮らしや町のにぎわいを思い描き、心弾ませていただろう。

 しかし今は、ただ「前と同じ風景」という淡々とした感想だけが浮かび、心はまったく動かされない。


(昔の私なら、こんな陽射しの中で領地をどう良くするか考えていた。でも、結局は……)


 そんな過去の記憶を引きずり出すたび、胸の奥がずきりと疼く。

 あの国を導こうと足掻いたのに、最後には独裁と粛清に突き進み、処刑台へ――。いま振り返ると、それは悲壮感というより、「どうしようもなかった」という諦めに近い。


(人々を救うはずだったのに、むしろ多くの命を奪い、最後は私自身も罰せられた。それなのに、また同じ場所に戻されて……これ以上、何をしろっていうの?)


 パルメリアは廊下に差し込む陽光を避けるように身をずらし、視線を床へ落とす。

 前回の人生で必死に戦った末に得たのは「破滅」だけ。そんな記憶を抱えながら、今さら努力する気力など湧いてくるはずもない。


 そこへ、侍女が遠慮がちに近づき、遠慮がちに声をかけた。


「お嬢様、先日までお取り組みになっていた村の学舎の件なのですが……」


 以前のパルメリアなら、その言葉を聞いた途端、積極的に耳を傾け、何か行動に移そうとしたはずだ。だが今は、まるで他人事のように冷めきっている。侍女を一瞥(いちべつ)すると、彼女はわずかに首を振った。


「……ごめんなさい。あまり興味がないの。」


 それだけ言うと、侍女は明らかに困惑の色を浮かべながら一礼し、退いていく。

 侍女からすれば、「お嬢様に何かあったのかしら」と思うのも当然だろう。

 だがパルメリアには、「いまさら何をしても、同じ悲劇を招くだけ」という思いしかない。この安寧すら空虚にしか映らず、立ち上がる気力など微塵(みじん)も湧いてこないのだ。


(私が動けば、どうせ誰かを傷つけて、最後には処刑台が待っている。ならば、何もしないほうがまし……そう思ってしまうのは、身勝手かしら?)


 彼女は廊下の窓から中庭を見下ろす。花々が朝露をまとい、まるで絵画のような静謐(せいひつ)な美しさを放っている。

 かつてなら季節の移ろいを喜び、花の世話にまで興味を示していた時期があったはず。

 だが今は、あまりに儚く見えるその光景に、むしろ苛立(いらだ)ちに似た感覚さえ覚えてしまう。


(あの時、私は革命なんて起こさず、静かに生きていればよかったの? 結局、何をどうしても無意味……)


 そんな思いを振り切るように、パルメリアはゆっくりと踵を返し、自室へと戻ることにする。

 廊下の先には、使用人たちが彼女を気遣うような目を向けていたが、気づかぬふりをして通り過ぎる。

 互いに声をかける気配もなく、深い隔たりを悟ったかのように、ただ黙ってすれ違うだけだ。


(私が誰かと関われば、また余計な期待を抱かせてしまう。その先に待つのは、どうせ同じ悲劇……。私はもう、誰も救わないし、救われようとも思わない)


 やがて角を曲がると、自室の扉が見えてくる。かつては明るく広い部屋を気に入り、インテリアにもこだわっていたが、今となってはただの「避難所」にしか思えなかった。

 ドアノブに手をかけながら、パルメリアは一瞬、外界を拒絶するような自分を嘲笑する。それでも、他に居場所など思いつかないのだ。


 扉を開け、音も立てず部屋へ入る。半分ほどカーテンで(さえぎ)られた窓から淡い光が差し込むだけ。彼女は何も言わずベッドへ腰を下ろした。

 胸の奥を覆うのは、重く暗い雲のような諦め。誰に求められようと、もう彼女は変わろうとも思わないし、変えられるとも信じていない。


 パルメリアは、かつての理想に背を向けるようにそっと目を閉じる。何もせず朽ち果てていくほうが、再び血塗られた未来を迎えるよりはずっとまし――。


(……ええ、それでいいの。あの惨劇を繰り返すくらいなら、私は……)


 部屋の外では、使用人たちがいつも通りの朝を過ごしている。皆それぞれに仕事をこなしつつ、どこか心配そうにパルメリアの様子を窺っているが、当の彼女は自ら閉ざした闇の中に沈んだままだ。

 こうして優雅な公爵家の一日が何事もなかったかのように始まっても、彼女にとっては(うつ)ろな繰り返しにしか思えない。すべてを拒絶し、心を固く閉ざし続ける――その冷たい孤独だけが、いまのパルメリアを辛うじて支えていたのだった。

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