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【プロトタイプ版】悪役令嬢、絶望を抱いて ~滅びゆく世界で、彼女が選んだ結末とは~  作者: ぱる子
最終章:絶望を抱いて

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第25話 絶望を抱いて

 かつて栄華を極めた王国は、今や業火に焼き尽くされ、瓦礫(がれき)の山と化していた。

 わずかに生き延びた者たちも、飢えと病に(さいな)まれ、どこへ逃れれば安息の地へ辿り着けるのか見当もつかない。

 農村も港町も暴徒と侵攻の波にのみこまれ、地図に刻まれた名さえ、初めから存在しなかったかのように消えていく。


 この国を救おうと声を上げた仲間たち――レイナー、ユリウス、クラリス、そしてガブリエル。

 誰ひとりとして何かを成し遂げることはできず、その末路は記録されないまま廃墟の海へ沈んでいった。

 人々の記憶から彼らの名は消え、崩壊した城下町に戻る者もいない。やがて国そのものが歴史の闇へと封じ込められていった。


 亡国の地には、風に煽られた灰と火の粉が舞うばかり。焦げた大地が静かに息絶えていくなか、「かつてパルメリア・コレットと呼ばれた者がいた」という噂だけが風に溶けるように(ささや)かれた。

 彼女が燃え落ちる廃墟に埋もれたのか、あるいは炎のなかへ溶け込んだのかは定かではない。その行方すら曖昧(あいまい)なまま、すべての記憶は()ち果てていく――



 燃え尽きた街路の一角で、崩れかけたコレット家の館だけがかろうじて形を留めている。とはいえ、いつ炎が押し寄せてもおかしくない。

 館の中にはもはや人影もなく、使用人たちも散り散りに避難して姿を消した。床には(すす)と灰が何層にも降り積もり、風が吹くたび小さな渦を巻き起こす。

 そんな荒れ果てた屋敷の最奥――そこに最後の息遣いがあった。赤黒い残光に染まる空気の中で、ぼんやりと浮かぶ人影。それはパルメリア・コレットにほかならない。


(……皆、どこへ消えてしまったのかしら。でも、きっと同じよ。どんな足掻(あが)きも、結局はむなしく終わるだけ……)


 (かす)かな声が、空気に溶けるように漏れた。

 壁の亀裂から差し込む赤光が彼女の頬をそっと照らし、廃墟の舞台を幻惑的に彩る。遠くから伝わる崩壊の振動にも、彼女は微動だにしない。


 瞼を閉じれば、前の人生で見た革命と独裁、そして処刑の記憶が焼きつく。今生もまた、国は破滅へ転げ落ちた。さも当然のごとく、彼女はそれを受け止めているようだった。


「……これで、すべてが終わるのね。ふふ……あの時も、今も……何ひとつ報われないまま、こうして死にゆくだけ」


 穏やかな諦念に、ほんのわずかな狂気が混じる声。

 彼女は、もし自分が動けばさらなる惨劇を招くと信じ、何も成さなかった。そして、世界は炎に沈み、秩序は崩壊し、人々の名も忘却のかなたへ。救済の道など初めからなかったのだろうか。


「ごめんなさいね……私には、もう助けなど必要ないわ。だから、せめて……こうして滅びとともに沈むのが、私の選んだ結末」


 弱々しい独白とともに、唇へ儚い笑みが浮かぶ。その笑みは悲壮を越え、狂おしいほどの(きら)めきを宿している。降り注ぐ火の粉と混じり合い、その姿はまるで「終焉の舞台」に降り立った女神さながら――もし観客がいたら、そう思ったかもしれない。だが、もう誰もいない。街は燃え果て、すべてが闇に沈んでいる。


 やがて館の瓦礫(がれき)が崩れる轟音が近づき、今にも建物が崩れ落ちるだろう。しかしパルメリアは焦ることなく、ゆっくりと踊るように廊下を奥へ進んだ。熱風が肌を焼きつけるたびに、ドレスの裾とともに彼女の身体がふわりと揺れる。

 まるで狂乱の舞踏に身を委ねるように、灰と炎のステージの中を――


「ふふ……こうして滅びへ溶け込むのも、悪くないわ。前の人生で見たあの血の海よりは、ずっと静かで優しい破滅だもの……」


 かすれた声は衝撃の爆音に消され、空気の震動が屋敷を大きく揺らす。

 天井から瓦礫(がれき)が落下し、あたりには灼熱の風が吹き荒れるが、彼女の足取りは止まらない。微笑みを浮かべたその瞳は、どこまでも透明に澄んでいる。


(ここで終わるなら……せめて、この舞踏を最後まで踊り切ってあげる。観客のいない舞台だけれど、私にはこれ以上ない幕引きだわ)


 狂気と安堵が入り混じった思考の中、パルメリアはふわりとドレスの(すそ)を広げ、炎の照り返しに身を染めながらくるりと回った。(すす)と火の粉が渦を巻き、まるで炎の精霊たちが取り囲むように彼女の周囲を舞う。

 そのひとときは、かの独裁者として散った前世の記憶すらも、異様な陶酔(とうすい)とともに上書きしていく――


「ふふ……ありがとう。そして、さようなら……」


 炎の中を舞う彼女の姿は、どこか神々しささえ帯びていた。

 大地が裂けるような轟音が響き渡り、床が崩れ落ちる刹那――儚い微笑を浮かべたまま、彼女はその優雅なステップをぴたりと止める。

 次の瞬間、息をのむほどの静寂が舞台を覆い、それを破るように燃え盛る火焔が一気に視界を塗り潰した。

 ドレスの裾を駆け抜ける紅の輝きは、華麗なフィナーレを彩るかのように、ひときわ鮮烈な光を放っていた。

 そして彼女の身は、灼熱の光の中へゆるやかに溶けていく――まるで最後の舞台を踊り切った舞姫が、宵闇の彼方へ儚く散りゆくように。

 崩れ落ちた天井から降り注ぐ火の粉が、焦土と化した廃墟の隅々まで覆い尽くし、そこにはもはや誰の姿も残っていなかった。


 こうして王国は、この世界からその姿を消し、歴史の底へ沈んでいった。

 パルメリアの名もまた、誰にも記憶されぬまま、人々が逃げ散って荒涼と化した大地からこぼれ落ちる。

 黒く焦げた地面を吹き抜ける風だけが、すべてを失ったこの地をさらい、存在の痕跡すらかき消していく。


 燃え尽きた街路には、(すす)と灰が揺らめき、焼け落ちた廃墟の影が幾重にも重なるだけ。

 耳を澄ませば、かすかな(ささや)きが残っているのかもしれない――誰にも届かなかった「彼女」の声か、それともただの風の音か。


「……これでいいの。どのみち救われないなら、生きる意味なんて見当たらないわ。……さようなら、この世界。私はもう……何もいらないわ。ふふ……そう、最初からなにも……」


 かくして、廃墟の片隅で、すべての物語は終焉を迎える。

 救済もなければ幸福もない。崩壊した王国とともに、「悪役令嬢」は自ら滅びへ溶け込む道を選んだ――

 誰からも知られず、誰にも(とが)められず、ただ世界と同時に沈んでいく。


 深い闇と灰色の風だけが、この地を吹き抜き、もう永遠には戻らぬ時を映し出す――

 それこそが、この物語の果て。

 絶望を抱いたまま、彼女は静かな眠りへ沈んでいく。

 二度と覚めることのない夢の底で、すべてが静寂に包まれた。


(完)

 みなさま、ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!

「悪役令嬢、絶望を抱いて」、そして本作三部作――ついに完結です!


 追放を避けるために始めた改革は、やがて革命となり、国を変えた彼女は「英雄」と呼ばれ、しかし、革命の果てにたどり着いたのは、粛清と独裁の道。

 最後に待っていたのは、処刑台という結末でした。


 それでも、彼女の物語は終わらなかった。

 もう一度与えられた人生、再び巡る運命。

「何もしなければ、破滅は訪れない」と誓いながらも、彼女はまた選択を迫られ、世界は静かに動き出していきました。


 そして――彼女が最後に掴んだものは、何だったのか。


 すべてを受け入れ、すべてを拒み、最後にたどり着いた答え。

 それこそが、パルメリア・コレットが選び取った“最終章”でした。


「革命とは、何を壊し、何を築くものなのか?」

「理想を掲げる者は、いずれ“悪”と呼ばれるのか?」

「もし、もう一度人生をやり直せるとしたら、あなたは何を選びますか?」


 パルメリアが歩んできた“悪役令嬢”としての人生は、誰かにとっては英雄譚であり、誰かにとっては破滅の記録かもしれません。

 それでも彼女は、最後まで彼女のまま、己の選択を貫きました。


 彼女の旅路は、これで終わりです。

 けれど、その選択が生み出した未来は、きっとどこかで続いていくでしょう。



 改めて、ここまで読んでくださった皆さまへ。


 三部作という長い物語を最後まで見届けてくださり、本当にありがとうございました!

 パルメリアの人生は、一度目も、二度目も、決して楽な道ではありませんでした。

 けれど、その道の果てにたどり着いたものを、読者の皆さまそれぞれの形で感じ取っていただけたなら、作者としてこれ以上の幸せはありません。


 長い旅にお付き合いいただき、本当にありがとうございました!

 それでは、またどこかの物語で――

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― 新着の感想 ―
パルメリアが動けば最終的にああなり、動かなければ終焉が早まる。 どちらにせよ、彼女がいないとどうにもならないなら、王国は最初から詰んでいたのですね。 一度目の世界線にしても、パルメリアが居なくなった後…
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