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【プロトタイプ版】悪役令嬢、絶望を抱いて ~滅びゆく世界で、彼女が選んだ結末とは~  作者: ぱる子
第五章:崩れゆく世界

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第22話 燃え尽きる世界

 夜か昼かもわからない灰色の空のもと、街は紅い炎と黒い煙にのみ込まれようとしていた。

 遠くで重苦しい爆発音が(とどろ)き、火の光が建物の壁を(ゆが)ませながら、まるで世界そのものを焼き尽くそうとするかのように揺れている。

 あちらこちらで起こる放火と衝突は市街全体を巻き込み、人々の絶望的な叫びが空の果てまで突き抜けるようにこだまする。

 もしこれが「この世の終わり」を告げるための狂騒だとしたら、誰がそれを止められるというのか。


 石造りの館も、木造の商家も、赤黒い炎の餌食になって瓦礫(がれき)へと姿を変える。

 助けを求める声、武器を捨てた兵士の断末魔、侵略者や暴徒たちの笑い――あらゆる音が交錯し、街は何が敵で何が味方かわからない無秩序の渦へ沈み込んでいた。

 街路は死体と破片が散乱し、道行く者を押し潰すかのように崩れ落ちる(はり)や屋根。

 断末魔の声は途切れることなく、この世の底に沈んでいくかのような錯覚さえ覚える。


「助けて! まだ子どもが中に……!」

「もう避難路は塞がった。ここから先には行けない……!」


 絶叫、破裂音、舞い散る火の粉が、終末を彩る地獄絵図をさらに深い闇へ変えていく。

 かつては栄華を極めた街は、今では侵略者と暴徒化した民衆が略奪を競い合う地となり、どこもかしこも荒れ果てていた。

 もはや「街を守る」どころか、生き延びるための一筋の光さえ見つからない――そんな深い絶望が、空から降り注ぐ焔とともに人々を焼き尽くそうとしている。


 そんな修羅の中、コレット家の屋敷は奇跡的にまだ大きな被害を免れていた。

 しかし、それも永遠ではない。火焔と混沌が確実に迫り来ていて、「いずれは同じ業火に呑まれるだろう」という予感が、周囲の空気を凍らせている。

 使用人たちは「もう逃げるしかない」と声を(ふる)わせるが、どこへ行っても焼け野原で、侵攻してきた隣国の兵や暴徒が(あふ)れている以上、安全な道など存在しない。


「お嬢様……早く避難を。今ならまだ裏道が使えるかもしれません……!」

「だめだ、そこも火が回ったって話だ……どこにも逃げ場がない……!」


 屋敷に吹き込む熱気は地獄の吐息さながらだ。

 幾度もの爆発が地面を震わせ、そのたびに人々はうずくまるように悲鳴を上げる。

 世界が終わる――そんな形容が誇張ではなくなりつつある今、この場所でさえ安息には遠かった。


 そんな中、パルメリアは屋敷の奥でひっそりと(たたず)み、静かに目を伏せている。

 外で人々が絶望の叫びを上げているというのに、彼女は深く息をつき、唇を引き結んだまま動こうとしない。


 今の彼女はただ、すべての終わりを受け入れているかのようだった。

 ――まるでこの世界の最期を、ひとり静かに見届けるためにそこに在るかのように。

 炎の揺らめきや崩れ落ちる叫びが夜を満たしても、彼女の瞳にはもう恐れも迷いも宿らない。

 すべてが終焉へ向かう流れを、深い沈黙の中で見送る――それこそが、いまの彼女が身を委ねる「終幕への道」だった。


(……もう、すべてが夜の底へ沈んでいくのね。あんなにもきらびやかだった街も、あの笑顔も……やがては灰に還ってしまうのね)


 燃え盛る炎と、立ちこめる黒煙。

 そこに渦巻く、果ての見えない悲痛。

 パルメリアは、紅く染まる窓辺の向こうに広がる凶兆を眺めながら、淡い声を漏らす。


「……こんなふうに、世界は()ちていくのね。いずれ嘆きの声さえ炎に呑まれて、ただ灰だけが残るのでしょう」


 使用人たちは彼女を必死に連れ出そうとするが、パルメリアは首を横に振るわけでもなく、うなずくわけでもなく、ただ消え入りそうな眼差しで外の光を見つめていた。


(今さら、どこへ行っても同じ……すべてが滅びに沈む運命なら、あがく意味などないわ)


 助けを求める者、暴徒から逃れる者、あるいはわずかな戦力を糾合(きゅうごう)しようとする者――皆が必死に生き延びようともがいている。

 しかし彼女は、その奔走する人々の声に耳を傾けることなく、静かに静かに息を重ねるばかり。


 遠くからは砲撃のような爆音が響き、地響きを立てて建物が倒壊している様子が見える。

 この世の終焉を告げるかのような狂乱が、もはやすべてを押し流す寸前だった。


 そして、窓の外を燃やし尽くす火柱を眺めながら、彼女はそっと瞼を閉じる。


「……まるで、夢の終わりね。別れの言葉さえ交わせないまま、すべてが、宙に溶けていく……」


 その言葉はあまりにも儚く、誰の耳にも届かなかった。

 燃え盛る炎の音だけが、世界を切り裂くかのように響き渡る。


 使用人たちが泣き叫びながら荷物を抱え、裏口へと駆けていく。

 けれど、パルメリアは微動だにしない。

 熱気が屋敷を包み込み、最後の安息さえ奪い取ろうとしている。


 ここで助かろうとも、どのみち滅びへの道は変わらない――。

 そう告げるかのように、パルメリアは椅子から立ち上がる気配すら見せなかった。


 やがて、崩れ落ちる街とともに人々の絶望の声はかき消され、世界は燃え尽きた灰色へとその姿を変えていく。

 煤煙が重たい大気を覆い、火柱にあおられた瓦礫(がれき)が、死の風景をより深い闇の奥へと誘っていた。


 ――その終焉の光景の中、パルメリアは瞼を閉じ、ただ静かに沈黙を抱いていた。

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