第19話 燃える王都
隣国の侵攻と国内の反乱――燃え上がる二つの炎は、王国を容赦なく崩壊の淵へと追い込んでいた。
城壁の外では絶え間ない戦闘が続き、重々しい砲火の響きが王都の空を震わせる。市街地では暴動が相次ぎ、あちこちで火の手が上がる。焦げた木材の匂いが夜風に混じり、今まさに終末が訪れつつあることを、人々は本能的に悟っていた。
それでも、パルメリアは屋敷に留まり、窓辺から外の惨状を眺めているだけだった。
轟音や悲鳴が断続的に響いても、彼女の表情に動揺の色はない。ただ、遠いどこかの出来事のように受け流すだけ。
(私が動いても、動かなくても……結末は同じ。前の人生でも、どれほど足掻こうと、最後には血の海が広がった。愚かさを学ばないのは、この世界か、それとも――私か)
かつての革命と独裁の記憶は、彼女の思考を縛りつける鎖となっていた。「動けばさらなる惨劇を招く」「何もしなくても世界は崩壊する」――その恐れが、彼女の心に絶対的な無力感を植えつけていた。
廊下からは、使用人たちの切迫した声が聞こえてくる。
「お嬢様、どうか避難を! 戦火が街に迫っています!」
「暴徒が近くまで来ているかもしれません! お願いです、早くお逃げください!」
パルメリアは微かに瞳を伏せ、冷えた息を吐いた。
「……逃げても同じことよ。破滅はもう、避けられないわ。それなら、どこにいようと変わらないでしょう?」
穏やかに響いたその声は、どこか乾いていた。
使用人たちは息をのみ、互いに視線を交わしながら、言葉を失う。「このままでは……」と震える彼らを、パルメリアは淡く笑って見送った。
結局、誰も彼女を説得することはできず、屋敷の扉が静かに閉ざされる。
――かつての彼女であれば、「国を救いたい」と立ち上がっていたかもしれない。
しかし今は、前の人生で得た結論が彼女の意志を支配している。
「どれほど善意で動こうと、最後に待つのは破滅だけ」
(皆は私に救世主の役を求める。でも、どうせ世界は変わらない。ならば、ひっそりと滅びを迎えるほうが、美しいと思わない?)
パルメリアの指が、窓枠をなぞる。赤黒い炎が王都の空を染める様子を、まるで絵画のように静かに眺めながら。
外では誰もが必死に生きようとしている。
王都を守るために戦う者、革命を起こそうとする者、あるいは逃げ延びようとする者――それぞれがもがき、抗い、未来を手繰り寄せようとしていた。
それでも、彼女の瞳に映る光景はただの繰り返しに過ぎなかった。
(あのとき、どれほど必死に抗っても、救えなかった。今もまた同じ。私が引き金を引くくらいなら、この世界とともに散る道を選ぶわ)
静かに目を閉じる。
胸の奥にわずかに残る痛みを、息とともに押し殺すように。
戦火に照らされた屋敷の影が揺れ、遠くで鐘の音が響く。
それは王国の終焉を告げる音のようで、パルメリアはただ黙って耳を澄ませていた。




