第13話 四人の孤軍奮闘
王都を取り巻く情勢が刻々と悪化する一方、パルメリアは相変わらず屋敷にこもり、どんな呼びかけにも「興味がない」と言い放っては拒絶する日々を続けていた。
それでも、レイナーやユリウス、クラリス、そしてガブリエルは、なおも彼女に望みをかけ、それぞれが独自に動き出していた。とはいえ、彼らが一枚岩となって団結できるわけでもなく、それぞれが孤軍奮闘しながら空回りを繰り返すのが実情だった。
まず、幼馴染のレイナー・ブラント。
下級貴族の次男という立場ながら、かつてコレット家を通じて培った人脈や見聞を活かし、独自に王都と隣国との外交ルートを探ろうと奔走している。
派閥争いが激化する王宮では、地位の低い彼の声に耳を傾ける者はわずかしかいないが、それでも持ち前の行動力で情報を集め、必死に交渉を続けていた。
(このままでは隣国と衝突しかねない。誰かが本気で橋渡しをしなくては……。でも僕だけじゃ説得力が足りない。どうしてパルメリアは動いてくれないんだ?)
レイナーはときどき屋敷を訪ね、「力を貸してほしい」と頭を下げるが、パルメリアは静かに微笑むだけで、「ごめんなさい、レイナー。今は何もする気になれないの」と優しく断るばかり。
幼馴染だからこそ、彼女の後悔や悲壮感が痛いほど伝わってくる。それでも、レイナーにはどうすることもできず、黙って屋敷をあとにするしかなかった。
一方、ユリウス・ヴァレスは都市の下層民や学生、地方の農民とも連携し、「改革派」と呼ばれる仲間をまとめようと努めている。
増税と飢餓が進む現状を王宮に訴え、改善策を提出しようとしても、派閥間の利害調整に阻まれて棚上げされてしまう。さらに、急進的な手段を取るのではと警戒され、王都の権力者たちに活動を妨害されることも多い。
(このまま民衆の不満が爆発すれば、いよいよ革命が現実のものとなる。それこそが腐りきった体制を打ち壊す一番の近道だ。だが、実際に動くためにはパルメリアの後押しが不可欠なんだ……)
ユリウスも屋敷に足を運び、「どうか力を貸してくれ。いま動かないと手遅れになる」と訴えるが、パルメリアは「あまり興味がないの」と冷ややかに答えるだけ。
どれだけ情熱的に説得しても、あの冷めた瞳を前にすると自分の空回りを痛感し、肩を落として帰路につくしかなかった。
天才的な学術センスを持つクラリス・エウレンは、より科学的な手法で農村支援や医療改革を推し進めようと燃えている。
しかし、保守的な貴族や学術会は彼女を異端扱いし、資金援助も得られない状況だ。政治的な後押しがなければ新技術の導入も難しく、熱意だけでは壁を突破できない。
(パルメリア様が推薦してくだされば、私の研究は一気に進められるのに……)
クラリスは繰り返し屋敷を訪れ、「後押しをいただけませんか。どうかお願いします」と願い出るものの、返ってくるのは「興味がない」という言葉だけ。
唇を噛みしめて諦めるように背を向けるたび、もどかしさと虚しさが募るばかりだった。
そして、ガブリエル・ローウェル。
彼はコレット領の騎士団員として、日々地道に任務をこなしながら領内の治安維持に力を注いでいた。
近頃は隣国との緊張や盗賊の活発化もあって、コレット領は日に日に落ち着かない雰囲気を帯びている。ガブリエルは騎士団の仲間を率い、手薄になりがちな巡回を強化し、住民からの通報には可能な限り早く対応しようと奮闘していた。
(領内の治安が悪化していくのは、国全体の混乱が広がっている証拠だ。もしパルメリア様がお動きになれば、大局を変えるきっかけになるかもしれないのに……)
そう感じながらも、ガブリエルが彼女を動かすことはできなかった。パルメリアからは「あなたに頼みたいことなんて、何もないわ」と静かに告げられることすらあり、彼は複雑な思いを抱えたまま騎士団の任務に戻るしかなかった。
人手不足に加え、不穏な噂ばかりが増える状況のなか、ガブリエルの毎日は孤独な戦いの連続だった。
こうしてレイナー、ユリウス、クラリス、ガブリエルの四人は、それぞれの立場から国の危機に取り組もうと奔走している。
だが、派閥争いや軍部の分裂、資金不足に政治的圧力――どれをとっても個人の力では限界があり、成果は思うように上がらない。
彼らが繰り返し思うのは「パルメリアが協力してくれさえすれば……」という願いだった。かつての彼女なら、確かな説得力で人々をまとめられると信じているからだ。
だが、パルメリアは依然として「何もしない」姿勢を頑なに崩さない。
屋敷を訪れる者には憂いを帯びた笑みを見せるだけで、そのままそっと拒絶する。あまりに静かなその態度に、誰も強く踏み込むことができず、無力感を抱えたまま帰っていくしかなかった。
仲間たちの背中が屋敷の門を遠ざかるのを窓越しに見るたび、パルメリアの胸には苦い思いがこみ上げる。
前の人生で、彼らと同じように国を変えようと手を携え、結果は独裁と粛清へ突き進んだ――その惨劇を知っているがゆえに、再び同じ道を歩むことへの恐れはどんな説得にも勝ってしまう。
(わかっているわ……みんなが必死に国を救おうとしていることは。でも、私はもう二度と先頭に立ちたくない。また革命のようなことになれば、血に染まる未来しか待っていないもの……)
そうして、彼女は「興味がない」という言葉で自分を守る。たとえ仲間たちの努力が空回りしていようと、自分が介入すればもっと悲惨な結末になる――そう信じ込むあまり、首を縦に振ることはない。
やがて、四人の孤軍奮闘は限界に近づいていく。反乱や貴族同士の内紛、隣国との摩擦……不穏な出来事が続くなか、彼らがそれぞれ手にした小さな成果や情報も、決定的な突破口にはつながらなかった。
何度となくパルメリアを訪ねても、返されるのはあの静かな拒絶。足しげく通う回数すら減り、「どうすれば彼女の心を動かせるのか」という問いだけが宙をさまようばかりである。
(これでいいわ……私が動かない限り、あの悲劇は起こらない。たとえ誰かが苦しんでも、私が引き金になるよりは――)
パルメリアはそう自分に言い聞かせるように、窓辺でそっと息を吐く。
だが、その横顔には消しきれない後悔の色が混じっていた。かつての仲間たちと再び協力できる可能性が目の前にあるのに、それを否定し続けることで胸が痛む。
それでもあの独裁の悪夢を思えば、自分が立ち上がるのは最悪のきっかけになる――そう疑わずに。
そんな中、パルメリアという「本来の要」を欠いたまま、レイナー、ユリウス、クラリス、ガブリエルらは孤独に国の危機へ立ち向かおうとする。
その結末が、やがてどんな形をもって現れるのか――誰も知るよしもないまま、不穏な影は日に日に広がっていた。




