7. 幼女は赫く笑う
ブクマ、評価ありがとうございます!今週も残り半分、暑さに気をつけていきましょう……!
7.
「のろいっていうけど、黒いへびにみえる。」
「さっきワイバーンからたァっぷり魔力をもらったから実体化できるんだ。でも、本来の姿とは程遠い……俺の魔力は全部この悪魔に奪われたからね」
蝶蘭と喋りながらも、さっきからピシピシと俺に向けられる憎しみ。こいつはいつまで経っても俺が嫌いなようだ。
「俺が瞋を嫌う道理はあっても、お前が俺を嫌う理由ないだろ。お前らが元々持ってた魔力だって別に俺は要らなかったよ……発動もしてないのに魔力許容量が限界だったんだぞ?奪うったって、身体が一緒な以上分けられるわけない。肝心の身体の主導権は俺にあるし。」
「お前が俺を嫌いになることがわかってたから先に嫌ったんだ。当たり前じゃねぇか。」
このやろう。論破してもすぐ別のことでこちらを煽ってくる。
けれどこいつは蝶蘭に過去のことを何1つ話さない。
今の時点では、俺の意識を奪おうとしても魔力で封じ込められると分かっているのだ。
「外に出ていたいならそれ以上喧嘩を売るのはやめろ。今の身体の魔力許容量ならそれ位訳ないからな?他の呪いも起きてないし。」
こちらもこちらで沢山聞きたいことはあるが、蝶蘭は勇者と魔王の話が好きらしい。俺はそこで巻き込まれて死んでいるので、今ここで瞋と赤裸々な話を繰り広げれば夢を大分壊してしまうだろう。
これは譲歩だ。なのにこいつは……
「戻されたら他の呪いを起こしてやる!フヒヒッ」
チロチロと除く黒い舌を引っこ抜いてやりたい。先程から蝶蘭がハラハラしているのが伝わる。大丈夫だ、俺は怒っていても怒っていない。だから冷静にこいつを論破できるんだ。
「お前もわかってるんだろうが。起こしたところで魔力がワイバーン一体じゃ全然足りないって。俺がお前らにわざわざ魔力を渡すわけないしな。それに瞋は足りないのに分け与えるようなお優しい性格じゃない。」
3つの呪いはお互いに嫌いあっていたと記憶している。俺の体を乗っ取るため手を組んでいた時期もあったが、前回の俺の魔力許容量は今よりはるかに少なく、強靭な意思だけで呪いを押さえ込んでいた。だから呪いが全て発動────つまり瞋たちが乗っ取ったところで
魔力が暴発して身体は思った通りには動かない。1時間ほど脳を揺さぶられるような暴発に耐えれれば動き出せるが、そんな面倒は皆ごめんだったようだ。
そこからは身体の奪い合い。俺は神経のすり減りが却って危険なのを承知で最期の4ヶ月を寝ずに過ごした……意識を奪われている間、ぐっすり寝ていたのかもしれないが。
一度1体の暴走を許すとその後何時間も意識を乗っ取られっぱなしだったが、何時間かで済んだのは他の呪いが反発したからでもある。
結局何も思い通りにいかなかった3つの呪いは、俺が何とかやりたかったことを叶えて勝ち逃げの死を迎える瞬間まで、滔々と呪いあっていた。
「……ッチ、全部わかってるのかァ。つまんねぇやつ。」
「蝶蘭にもわかるようにいってよ!」
蚊帳の外にされていたのがわかったのか、蝶蘭が主張するように俺の角を握って揺らす。
「やめろって!」
「俺が分かるように教えてあげよォか?」
蛇が首を通って這い上がってくるのはまだいい。だが。
「お前角に巻き付くのは本当にやめろっ!!!!というか蝶蘭に触れないでくれるか?!お前を蝶蘭の友達には認めないからな!」
黒い蛇を角から引き剥がそうとするが、コールタール状に変化して手にくっついてきた。気持ち悪い!!!!
「ありがとう……じん。でも蝶蘭、雹華の言うことをだいじにするってやくそくしたから、やっぱいいや。」
「……つまらん」
でろん、となっていたコールタールは俺の手の中に収縮し、ピッタリ納まった。取り敢えず角が吸収されていないか確認する。何だかもう、これは本能のようなものかもしれない。使い道が特に思いつかないが。
そういえば人間だった頃、禿げ始めているような気がしてことある事に髪を撫でていた気がしないでもない。名残だろうか。
しかし、手の中に納まった瞋がそれっきり何も言わないので不審に思う。
「気味が悪いな、お前……どうして急に大人しくなった?」
「…………眠いんだよ、馬鹿。おかしい、活動できるだけの魔力はあるはずなのに……死んでからずっと眠かったが、今はまた別の……」
くたりとした蛇を持っているのは気持ち悪いので、出来れば自分で戻って欲しかった。しかしもう意識が落ちかけているようだ。魔力を消費するとしても、形を変えるのは瞋にとって逆に辛いことだろう。
「お前が持ってる魔力が尽きるまでに起きろよ。形を保てなくなってドロドロに溶けたら許さないからな。」
こんな危険な呪いを放っておく訳にはいかないので、置いていくとは言えない。
「そォかよ……楽しみだ。だがこれだけは言っとくぞ……?蝶蘭に触れるな……とか言ったさっきのお前……は、流石に気持ち悪かった。ブラコン……からついに……ロ「早く寝やがれ!」
なんてことを言おうとしているのだろうか。俺はあくまでも道を踏み外さぬように蝶蘭を守っているだけだ。それが結果として早期の契約解除に繋がると、瞋はわかっているはずだ。
どちらにしろこいつは適当をほざき続ける。今こいつと安全に死ねるのは、俺以外に思いつかない。
「遅くなって悪かった、蝶蘭」
相当悩んだが、ぐったりした蛇を仕方なく角に巻き付けた。これからのことを考えれば、それくらいの気持ち悪さは必要に思う。
「お前の因縁の相手は皆、もう起きてるようだ。」
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「え……!」
驚きの声を上げたのは蝶蘭だけだったが、悪魔の触覚が空気の揺れを敏感に感じとった。驚愕と恐怖の色が混ざった、悪魔の好きな空気だ。
「皆寝起きが悪いようだな?ワイバーンが死んだ頃には、もう全員目覚めている気配がしたぞ。」
もうすぐ日が昇る。討伐隊が来るとすれば夜明け後だから、それまでにはここを出ていく必要があった。
「起きないなら俺が無理にでも起こす。」
指先に魔力をめぐらせる。紅い光が球体を作り、それはみるみる人の頭ほどまで膨れ上がった。
「これを使われたくなければ、起きて顔を見せろ。」
これは脅しで、実際にこんなにも魔力を消費することは考えていない。けれどそれは、必死で気絶したフリをしていた村人たちには分からないことだろう。
現に村人たちは慌てて土下座の姿勢になり、こちらを見上げた。魔力で照らされた村人たちの、恐怖の顔よりはむしろ身なりに目がいった。
「蝶蘭だけか、こんなボロボロの服を着せられているのは。しかも、ちゃんと村全体が食べていける量はあるんじゃないか!」
かろうじて顔は綺麗だったが、蝶蘭の髪は栄養不足くすんでいたり、泥で汚れていたりした。服に至っては余り布の繋ぎ合わせのようだ。
「……蝶蘭、お前の叔母さんはどこだ。」
あんなに笑ってばかりだった蝶蘭は、無表情で照らされた村人の顔を一人一人見つめていくと、ある一点で目を細めた。
「……そこにいる。」
子供にこんな冷えきった声が出せるなんて知らなかった。これ以上は指先が狂って人を攻撃してしまいそうだ。冷静なはずなのに、そんな物騒なことを想像してしまう。瞋の思うつぼだ。魔力を循環の輪に戻して、五感を頼りに蝶蘭が指さした人の方へ歩いていく。
「……ひ、あ、悪魔……ちょっと、来ないで……!」
周りの村人は頭を抱えて震えながらも、なかなか俺たちを進ませようとはしなかった。蝶蘭をいじめていたにしては、なかなか人望があるらしい。
前回の記憶がうっすら重なって、最高に不愉快な気持ちを覚えた。
何とか人をおしのけた先にいたのは、太った女だ。色鮮やかな服を着て、ジャラジャラと天然石の腕輪をつけた女。どうやらこの村で1番偉い人間らしい。その権力を利用して、今まで散々蝶蘭をいじめていたのだろう。
特別な地位にある彼女だったからこそ、蝶蘭の姿に周りは何も言わなかった。
「来ないでと言ってるの……!!」
「俺自身ははお前をどうこうしようなんて思ってない。用があるのはお前が散々いじめてきた蝶蘭だからな。」
少し考えが変わったのだ。さっきまでは俺がまず2、3発殴らせてもらう予定だった。けれど今の精神状態では、俺は上手く加減はできないだろう……蝶蘭がそれを望めば、俺はこの太った女を幾らでも殴るが。
それに、蝶蘭の冷えきった表情に、1つ確かな決意を見た。彼女の出発点に、余計な手を出すべきではない。
「わかった……じゃあおろして、雹華。」
やっぱりだ。蝶蘭は少しも動揺せずに俺を肯定した。何も言わずに彼女を背から下ろす。
俺の腰よりも低い背を、見上げるような気持ちで女の正面へと送り出した。
「……ぉ、おばさ「蝶蘭!!今まで育ててやった恩を忘れたの?!森がおかしかったのもこの村が襲われたのも、あんたのせいだったのね?!」
蝶蘭が相手だとわかった瞬間、彼女の叔母はがなり立て始めた。あまりの豹変ぶりに蝶蘭の瞳が揺れる。
「ち……ちが、い、ます……「何がどう違うのよ?!後ろの怪物は何?!あんたが連れてきたんでしょうが!!今すぐそれを連れてこの村を出ていけ!!」
蝶蘭が頼めば俺が攻撃してくることはないとわかっての発言のようだった。女は太った腕で蝶蘭の肩を掴み、至近距離で憎々しげに吐き捨てた。
「村長として立派に勤めていた弟の子供だから育ててあげたって言うのに、とんだ恥知らずね?代々の村長も皆あなたに落胆してるんじゃない?」
その言葉を聞いて一気に顔色を失った蝶蘭は、その腕から逃れるように後ろに下がっていく。
女は体をよじる蝶蘭からいきなり手を離し、バランスを崩したところで突き飛ばした。
「わぁっ……っぅ」
「あんたについていく人間はここにはいないわよ。幸い、私が村長としてあなたのお父上の跡を継いであげる……全く、6年前一緒に死ねればよかったのにね。その方があんたも私達も幸せだったでしょう?」
俺の足元でへたり込む蝶蘭。このままじゃ、心が再び折れてしまうかもしれない。
言ってくれ。こいつを殴って、と。
目線を合わせて訴えようとしゃがみ込むと……唖然とした。
「……蝶蘭?」
蝶蘭は、赫い目を燃え上がらせて笑っていたのだ。
「……ねぇ、ぱぱをころしたの、おばさんだったんでしょ?」
やっと尻尾を掴んだ、と。
更新は大体平日は19:00前後と22:00前後って感じになりそうです。
ここから数話、蝶蘭にスポットライトが当たると思います。