5. 爪が甘いのは昔から
投稿してなかった1週間くらい私用で広島行ってたんですよね……福島県警がいて驚きました。(なんの話)
5.
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時間にして、ぴったり0.1秒。瞬き1つもしない間に、村の様子は一変した。
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《涅槃の空間》は、ただの魔力解放ではない。体の中を巡る魔力はこの魔法によって解き放たれ、外へ出ていくことができた魔力は大気を押し除けるように広がり––––そして消滅する。
もう誰にも利用されず、集まって魔物になる必要もない。意識のない無数の魔力は、だからこそ無意識に救いを求め続けていた。
この魔法は魔力“の”解放ではなく、魔力“を”解放するものなのだ。
「タダで解放してやるつもりはないが、うまくコントロール出来なきゃ延々と魔力が体内から流れ出て、一生寝たきりになっちまう魔法だ。……まぁ、杞憂に過ぎない話なんだけどな。」
炎は消え、村は暗がりと同化した。人の声ももう聞こえない。地面に目を凝らせば、それらしき影がそこら中に転がっているのがわかるだろう。暗がりで光っているのは、悪魔と幼い少女の瞳だけだ。似ているようで違う、紅と赫の瞳が不気味な様子である。
だから今、俺と蝶蘭の前に立ち塞がるのは震えたワイバーン1匹だけだ。その賢さが畏怖と敬意の所以でもあったが、実力差がわかってしまうというのは却って辛いことなのかもしれない。
そのまま村の人が起きるまで、大人しくしていてもらおう。
「雹華……今、なにがおきたの?蝶蘭なにもわかんなくて、ぎゃくにこわい。」
蝶蘭はそう言いながらも俺の角を握って遊んでいる。乗り物感覚か?だとしたら随分物騒な乗り物に生まれ変わってしまったものだ。
「俺たちにとっては本当に0.1秒の話だったからなぁ。これは俺が編み出した魔法だから、実際受けた感じの話は全然出来ないが……。」
感覚的な話で言えば、ブラックホールの中に入っている人間からすれば、自分が吸い込まれるのは一瞬に見える。けれど外から見た人間は、吸い込まれていく瞬間が永遠にも等しく見える––––これと同じなのである。
村の人々はすぐに気絶しただろうからともかく、ワイバーンは同じ魔物として魔力に一定の耐性があるだけに身体に堪えたはずだ。その魔力の重みを自分との差額分だけ長々と感じることになる––––0.1秒をさらに薄く引き伸ばした状態で俺の0.1秒分の魔力を受け止めようとしているのだから、誰だって長く感じると思う。
「原理は相対性理論から来てる……って、蝶蘭には今の説明でも難しかったか。でも何となく分かってたよな?“今“っていう言葉にどこはかとなく自信が漂ってた。一瞬当てられて、今じゃない時間が見えてたんだろう?」
戻って来れてよかった。じゃないと今目の前に倒れている人々のように、いつ目を覚ますか分からなくなるところだった。やはり2人で試すには危険な技だったようだ。
1人でうんうんと安心していると、蝶蘭は「そうじゃなくて!」と言った。邪険にされたとでも思ったのか、角を引っ張るので頭がぐらぐらする。
「なんでみんなたおれちゃったの?!あんなにもえてたひもなんできえたの?!」
「わ、わわわかったひゃら、角引っ張んのやめろ!舌を噛む!」
何とか腕を離してもらい、角の形を触って確認する。安堵している自分は、どうやら相当悪魔の感覚に近付いているらしい。
「火は空気がないと燃えないからな。俺が魔力で一瞬大気を吹き飛ばしたから、それで消えたんだよ。魔物がくると火が消えるのは、低位の魔物がよく魔力を垂れ流しにするからだ。特に魔物の持つ陰の魔力は暗くて重い。」
村一帯を囲っていた巨大な火柱も炎も、跡形もなくなっていた。
こうして見ると、真っ暗な中に浮かび上がっている星空はとても綺麗だ。
「そのかおでそんなこというとなんかきもちわる「ごほん。何故人が倒れたか、だったね?」
声に出ていたなんて一生の不覚。それに、蝶蘭のような幼な子にそう言われると想像以上に傷つく。確かに一応戦闘中だったし、俺が悪いのかも知れないが……振り払うように疑問に答えておく。
「真空になっても魔力で満たされたから、誰も死んではいないだろう。気絶しているだけだ。だが、俺も今は陰の魔力で戦っている。威圧が人間の体にはきつかったのかもしれないな。」
1秒に満たないことだったから、今日中には目を覚ますだろう。討伐隊がいつ来るかも分からないので、1時間経っても起きなかったら揺さぶって無理やり起こすつもりだ。
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「鼻毛草を毎日食べていたおじさんと会ったことがあるんだがな……あれは本当にやばいぞ。食べないほうがいい。」
「ハハハハハッ、雹華それじぶんのはなしじゃないのー?」
魔力でワイバーンを一掃してから一時間が経過しようとしていた。俺も最初はワイバーンの動きに細心の注意を払っていたが、すぐに興味をなくして蝶蘭と雑談に花を咲かせていた。
だって大人しいし。そもそもワイバーンと攻撃し合うことがおかしいのだ。特にこの国では聖獣––––つまり神の使いとして崇められてるんだぞ?!
「そんなわけないだろ。……そろそろ村の奴らを叩き起こすか?」
やだ、まだ話し足りないとごねる蝶蘭をおんぶして、俺はすっと立ち上がった。
「ほら蝶蘭、ワイバーンもこんなに大人し「グァ……ゲアアァアア!!!」
「!?ひっ、ヒョ、雹華ぁ!」
…………前言撤回。
突然、ワイバーンが暴れ出した。……しかも、先ほどまでとは違って身体中から毒々しい紫の魔力が溢れ出ている!
間違いない。蛇の尾を中心に振りまくそれは、強力な毒魔法だ!
「お……い。おいおいおいおい?!ワイバーンのやつ、俺とやりあってでもこいつらを殺すっていうのか?その毒、俺には効かないんだぞ!」
皮膚が爛れていき、10分も晒されていれば骨だけになってしまうだろう。身体強化をつけて防御力を上げているから、俺は蝶蘭にも同等の強化状態をつけた形で30分なら余裕で耐えることができる。ここで魔力量がどうだなどとは言わないが、ここにいる村人全員に付与するのは流石に無理だ。
この、呪いが。
「……雹華?大丈夫?」
蝶蘭の声が耳元で響く。そうだ、大丈夫じゃない、俺は本当にもう、目の前で助けたかったものをなくすのは嫌で––––
「蝶蘭、雹華がいればもうここのひとたちなんてどうでもいいんだよ。でも、雹華が言ってくれた言葉ぜんぶだいじにしてるから、だからここにきたの。」
俺はやりたいようにやってはいけないんだ。求め過ぎても、感情のまま動くことも、それら全てが毒だから。
「雹華はすきにしたらいい。蝶蘭はぜったいに、そのあとをおうってきめた。」
きっと後悔する。これは大人しくなった呪いの、地獄への扉の、蓋を開けるに等しい。
「……やってみてもいいか。これが討伐隊がくるまでここにいる確証がない。普通生まれた場所からそう遠くへは行かないはずだが、少なくともこいつはある日突然森に出現した。……弟のいるところにまで、被害を広げるわけにはいかない。」
俺たち兄弟の夢を叶えようとしてくれている、弟のところへは。
「うん、いいよ。」
蝶蘭の笑った気配がした。そして、角に触れた柔らかい手。背筋を伸ばして角を掴んだようだ。救われている身なのでなにも言えない。
前回は夢や国や弟のために、やるべきことが沢山あった。自身の気持ちを優先した結果呪いが暴発し、非常に後味の悪い最期にもなった。
けどここでは、呪いが暴発する前に俺が死ねば終わりだ。少なくともそのタイミングが測れるくらいには、この身体は魔力が詰まっている。
ここで戦うことを選択すれば戦い方は二択。呪いの力を利用して呪いが目覚めるか、魔法を使ったことで魔力保有量が減って呪いが目覚めるか。
毒を使われなければ、一気に魔力の減らない戦い方があったはずだ。だが状況が切迫している以上、ちまちまとHPを削っていては村の人は死ぬし、逃げられる可能性もある。特に空路を使われてしまえば、結局大規模魔法を発動して撃ち落とすしかなくなる。
どちらにしろそんなやり方では、遅かれ早かれ毒を使われていただろう。
「魔法には相性がある……こいつがどの魔法に1番弱いのか分からない時点で、魔法を使うのは無しだ。」
ワイバーンを殺すのは、あまりしたくはなかったんだがな。
「呪いなら分かってるんだよ、お前と最高に相性がいいのが1つ。」
呪いを3つもかけられていて、初めて良かったと思う瞬間だった。
最初は主人公生き返ったばっかで混乱しててちょっとダサいかもしれない……今の人間らしく(悪魔だけど)なよなよしてんのも好きなんですけどね。
でも振り切れたら強くて強い悪魔になる予定だから!
蝶蘭視点を見れば見方も変わってくる……はずだから!
もう少し見守ってください。