3. 蝶蘭の苦悩
3.
「ともだち…?ほんとに?!」
思ったよりも食い付きが良く、俺は心の中で安心した。
──もしかしたらこの少女、俺が悪魔ということも理解出来ていないのかもしれない。
でなければ悪魔と友達になろうという酔狂な話、誰が受け入れるだろうか?
「あぁ、本当だよ。」
俺がここでやるべきことは、悪魔だというぼろを一切出さず。彼女に被害が出ないように契約を達成し。速やかに契約を解除する、これだけだ。
角を隠せば何とかなるんじゃないだろうか。
「あくまってわるいやつだとおもってたけど、雹華はちがうんだね!」
アッ
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俺は今、前世を合わせてもないほどに呆然としている。
「ばれてないとおもってたの?」
面白そうに言う蝶蘭が、カンテラで照らした湖に写った俺の顔。
彼女が俺の顔を見れば誰だってわかると言ったのも納得だ。特に蝶蘭は魔王の手下として、悪魔の絵を沢山見ているのかもしれない。
「こりゃぁ……どっからどう見たって悪魔、だな。」
羽が生えていないだけマシと思うべきか。髪はこの森の闇より深い漆黒。白目まで紅く染まった目に、狂気的な光を宿した角の生えた男。
まさしく悪魔だ。生前弟と並び聖人君子と呼ばれた頃の、甘い王子様系フェイスは跡形もない。顔は整っているし、面影はあるにはある。が、前世の俺を知るものはとても結び付けられないだろう。
鋭い狂気は、あの日の魔王の如し。
「お前、よくこんなのに話しかけようと思ったな……」
呆れ半分で蝶蘭に話しかければ、その少女は恥ずかしそうに言った。
「蝶蘭、死ににいくところだったんだ。」
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俺は激怒した。必ず、蝶蘭をこんな目に遭わせてきた元凶を潰さねばならぬと決意した。
「死んだらおかあさんとおとうさんのところへいけるっておばさんがおしえてくれたの。いままでつらいことがたくさんあってたいへんだったけど、もうぜんぜんへいき!」
蝶蘭曰く、この森は数週間前から濃い陰の魔力が漂い、昼でも薄暗く不気味な様子だったと言う。それは十中八九、何か危ない魔物が現れた印だ。
村はすぐに討伐依頼を出したが、"危ない魔物"の実態がいつまで経ってもつかめず、なかなか冒険者が来なかったらしい。
そこで数日前、遂に討伐隊が国から派遣されることが決定した。
「勇者様じゃないけど、かっこよくてえらいひとがくるってみんなあわててた……蝶蘭なにがそんなにすごいかわからなかった。そしたら蝶蘭をすまわせてくれてるおばさんが」
────あの森は今非常に危険な状態なの。あそこに入ったら死んでしまう。
────死ぬってなに?
蝶蘭の叔母は笑って言ったらしい。
────今まで頑張ってきた蝶蘭には特別に教えてあげる。死んだらここには戻れないわ。けれど、死んだ人達……あなたのお母さんやお父さんに、また会えるということよ。
「だから蝶蘭、このもりで死ぬんだよ!」
笑顔でそんなことを言う幼い少女に、俺はやりきれない気持ちでいっぱいだった。
けれど、彼女がこの先1人で絶望しないために。そして、俺がこの世界で生きるために。
「それは、嘘だってわかってるだろ。」
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『いっその事死ねたら良かったのに……』
『お前はとんだ嘘吐きだなァ。本当は自分でもわかっているんだろう?己の限界はまだ先で、本当は死にたくないんだということ。』
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彼女の顔から、するりと表情が抜け落ちる。
「なんでそんなこというの。蝶蘭しんじてるもん。」
「ならなんで、お前は俺と一緒に冒険者になりたがったんだよ?将来俺の事探すんじゃなかったのか?」
契約は、契約内容「ダンジョンでバリバリ大稼ぎ」をお互いに望んでいなければそもそも成立しえない。彼女がそれに一定以上の夢を抱き、かつ将来を望んでいたのなら、今の発言は完全に強がりだ。
「ち……ちがう!」
「何が?意味のわからん否定は、お前を苦しめるだけだぞ。」
蝶蘭は顔を歪めて黙り込んでしまった。弟がもしこんなことを言い出したら、俺はこんなふうに否定から入っただろうか。いや、きっとそうではなかった。こんな物言いは、幼い子供にはちょっと厳しい。けれどこれは俺の勝手な願望なのだ。
新しい人生では、俺が背中を押して流れた血がないように、なんて。
その為に、厳しい言葉を選んででも相手に俺の欲しい答えを言ってもらう。
「蝶蘭は、べつに…………………………………おかあさんたちに、あいたかっただけ……」
「……そうだよな。けど、死んだって会えない。今まで数え切れないほどの人間が死んできた、それにただ蝶蘭の名前が新しく刻まれるだけだ。」
会えるとしたら、俺みたいなパターン。それは1番あって欲しくないパターンだし、相当の運が必要でもある。蝶蘭は唇をかみ締めて俯いたあと────諦めたように綺麗に笑った。
「!!」
こんな事実をはっきり言われても泣かない蝶蘭が、返って痛々しい。これは彼女が強かったからではなく、今まで散々そういう扱いをされてきたからだ。
いてもいなくてもいい存在。むしろ邪魔だから死んで欲しいと願われている存在。実際そうやって邪険に扱われ、嘘とわかっていても甘言に飛びついてしまったのだろう。
「だけど蝶蘭、みんなにいらないっていわれてたから。」
大丈夫だ、蝶蘭。
「俺はお前が唯一の友達なんだ、蝶蘭。さっき言った通りこんな顔じゃ怖がって誰も寄り付かないだろうし、この先もただ1人の友達だ。だから俺にはお前が必要。死なれたら困る。」
湖で顔をのぞきこんだままの状態だから、俺と蝶蘭の目線の高さは同じだった。きっと伝わるだろう。だって本当に死なれたら困る。
「本当に?蝶蘭、もう1人じゃないの?」
悪魔へ救いの表情をうかべる少女の構図が、さながら宗教図のようだった。誑かしているように見えるが、やっていることは正道へ引き戻す行為である。
「あぁ、本当だ。それでも言葉だけじゃ不安なら……実際に見せてあげるよ。蝶蘭を苦しめたヤツらの末路。」
正道へ引き戻すやり方だけは、悪魔の本能にならおうか。