17. ラシュラ
お久しぶりです!
最近忙しさに拍車かかってますがぬるぬる投稿していきます
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「四博士っていうのは、魔術師トリテレイア自慢の4人の弟子のことよ……」
トリテレイア。彼女が得意とするのは変幻変化の魔法だ。
自分が好きなものにそっくり成り代わる。もう1人の《ハーデンベルギアの勇者》パーティにおける魔術師ミモザが大好きで、普段は姿を瓜二つにしていた……彼女が│本来の姿だったのは俺が死んだ時だけかもしれない。
魔力を使い果たした彼女は、その姿を顕にした。
「あの赤髪の小娘か」
フードに潜んだ瞋が思い出したように小さく嗤った。
『自分が道を踏み外したこと、分かってるんでしょう?だから人の人生を踏み躙ってるんだ。捻じ曲がったら、道の先が自分と同じ方向へ向くんじゃないかって……
違うって言いたい?でもこれだけは確実だから。破滅の先でも道が続くのはあなただけ!』
泣き叫ぶ彼女の声がふと聞こえた気がして、小さく息を吐く。贖罪の気持ちは尽きない。彼女の言った言葉、特に最後の言葉は今でも心に強く残っている。
そうだ、俺には死んでも安寧は訪れない。ただ、塞がれた退路を見ず暗闇へ進め。
「大通りへ入りませんか。その四博士さんたちがなにか声明を出しているかもしれない。」
状況把握のためというのもあるが、興奮で言葉が見つからない様子の蝶蘭に魔法都市を見せてやりたかった。
「そうね……良ければ案内するわ?」
へェ、と瞋が呟いた。
──────分かって居るよな、雹華?
無言の圧を感じ、俺は小さく首をすくめた。
あぁ、もちろん分かってる。だからもう喋るんじゃねぇ……俺たちの安全な観光のために。
「ありがたい。田舎者なもので、都会の散策もおぼつかないんですよ……」
蝶蘭が顔を輝かせて歓声を上げた。
「でしょうね。行きましょう。大通りにはもう沢山の人がいるみたい。」
通常の人が歩くスピードで1分もかからないだろう。目を向ければ、人でごった返しているのが分かる。
「やった〜!」
蝶蘭が金色の丸い頭を俺に擦り付けてきた。犬みたいで可愛い。弟も嬉しいとよく抱きついてきたが、流石に年齢が上がるにつれ恥ずかしくなったのか機会は随分と減ってしまった。
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「この街は《ハーデンベルギアの勇者》の仲間だったトリテレイア様のお考えで、彼らの風貌を好んで擬態する者には寛容だけれど……そこの女の子は、もしかして本当にハーデンベルギア人なのかしら?」
大通りに入ったところで婦人はそう尋ねた。
「蝶蘭、自分で言えるか?」
通り一面に並ぶ摩訶不思議な色彩の店に心奪われている蝶蘭に聞く。敢えてこんな言い方をしたのは、俺が「それを知らない」ことがバレないようにするためである。
第三者であることを明確に口に出して仕舞えば、俺と蝶蘭の関係性は一気に胡散臭く見えてしまうだろう。
「うんと、蝶蘭はずっとここのくににすんでるよ。……でもままもおなじいろだったから。」
『だった』という言い方と彼女の表情の曇り方から、婦人は聞いてはいけないことを聞いたと思ったようだった。申し訳なさそうに眉を下げ、代わりに蝶蘭が興味を持ちそうな魔法の店を教えてあげている。蝶蘭はすぐに顔を輝かせて再び笑い始めた。
蝶蘭以外にも大通りには何人か金髪がいた。悪魔もいれば獣人もいる。エルフ、ドワーフ、どれも本物と錯覚する出来だ。俺たち本物にはありがたい隠れ蓑である。
すぐに攻撃対象とはならなそうなことが分かったので、俺は空を確認した。鷲の姿が未だ見えないままなのだ。
警報音は止んだものの、空を覆う魔法が未だ復旧されていない。
四博士もまだここにはいないようだ。だが皆表情に少し不安を浮かべているものの、目に見える混乱状態にはない。
『万物変化のトトトマン』という看板を魔法で頭上に浮かべている男は、人が集まっているのをいいことに商売を始めたようだ。
「1番人気の悪魔変化をご覧あれ……!」
よく通る張りのある声に、自然と目が惹きつけられる。俺だけでなく、近くにいた観光客の殆どがそちらに目を向けていた。婦人は「またやってるのね」と呆れ気味だったが。
男が自らに淡い紫の液体をかける。
「呪文は入りません……ただこのように、頭からかぶるだけ。」
被った瞬間、液体からは甘い香りが漂い、煙のように蒸発した。
そして、煙が晴れた時には──────
「…………?!?!?!」
観客からざわめきが起こった。そこに居たのは、平凡な男ではなかったのだ。
「この通り、という訳です。」
艶やかな声の美しい悪魔が立っていた。紫の髪に、俺と同じ紅い瞳。悪魔に性別はないが、その悪魔は非常に女性らしく、さっきとは似ても似つかない。
観衆がわっと声をあげ、トトトマンの元に押し寄せた。
「皆さん落ち着いて!この他にもエルフやドワーフがありますよ!この魔法は個人差があるので世界に1人の姿でして、値段はなんと10000ティミテ……」
結構高い。だが、旅行客にとっては見逃せない代物だろう。
「それにしても、あそこまで顔を変えられるものなのか……?」
辺りにいる悪魔もどきは皆全てどことなく人間味を感じるけれど、あの擬態は本当にそれらしく見える。世界に1人の姿といえば聞こえはいいが、あれ以上の変身を遂げることは不可能に近いと思ってしまった。
そこで浮かぶ、ある1つの仮定。
─────まさか、な。もしそうだとすれば非常に面白い展開ではあるけれど。
俺がそう頭の中で考えを巡らせていると、いつの間にか蝶蘭が俺の顔をキラキラした目で覗き込んでいた。
「雹華!蝶蘭もあれやりた「さっきは別にいいって言ってたじゃないか、な。」
光の速さで言葉を被せた。
勘弁してくれ!トトトマンには、俺が本物だとわかる可能性があるんだぞ。
あれだけの人数に売りつけていれば誰に何を売ったのか、そしてどんなふうに変身したのかなんてわかるはずもない。だが、もしも。例えば変化魔法にかかった人間には、それとわかる特徴、或いはなんらかの印があったら。
そうでなくとも「こんな綺麗な金髪の子供を連れた客はいなかった」と言われたらおしまいである。
至近距離の顔に視線で必死にアピールすると、蝶蘭にも何とか意図が伝わったようだった。
「あ、そっか、そーいえばそーだったような……」
慌てて発言を撤回し始めた蝶蘭の機転を誉めようとして、固まる。
人が群がるトトトマンの方へ流れていく目。棒読みの言葉。苦虫を噛み潰したような表情。
(壊滅的に嘘が下手だ!!!)
思わず叫びそうになってしまった。これでは、婦人は蝶蘭が本当に行きたかったと悟ってしまうではないか……そしてそれは、彼女にとって好都合だ。
「あら、そんなに行きたいの?なら行きましょうよ。あれは本当に胡散臭いけれど、少なくとも技術は本物だから。丁度そこで売ってるんだし。」
「…あぁ。技術の精度は、身をもって実感してる。」
もうそう言うしかなかった。瞋が「馬鹿」と罵るのをその通りだと言う気持ちで聞く。
諦めて人をかき分けながらトトトマンの元まで行こうとした時、1つの声が聞こえた。
「おい、四博士が来たみたいだ。」
どこから発せられたのかはわからない。とにかく、その瞬間辺りはトトトマンの比ではないくらい興奮で満ち溢れ、人々が一斉に空を見上げた。
「何ヶ月ぶりだろうか、お目にかかるのは。」
「相変わらず見事な変化魔法。流石トリテレイア様の弟子。」
つられて上空を見上げると、なるほど3羽の美しい鷲がこちらに向かって飛んできていた。
そして、丁度俺の頭上で変化魔法を解く…………は?
「え、落ちてくるの、え、え?!」
俺は蝶蘭を抱えてるんだぞ?!怪我させたらどうしてくれる!
踏み潰されかけたことに混乱しながらも、なんとか数歩下がる。そして、周りが3人を囲むように円状の空白を作っていることに気づいた。いや、誰か教えてくれよ。
非常にまずい。
降りてきたのは男が2人、女が1人だ。
「すみません、観光客なもので勝手が分からず……」
「いや、そのままここにいろ。」
非常にまずい。
愛想笑いで民衆に埋もれようとしたところを引き戻された。その男は、こちらを疑惑の目で見ている。つまり、やっぱり最初から疑われていたと言うわけだ。
「ラシュラ様がいらっしゃらないわ。」
さざめく声が聞こえてくる。ラシュラ、というのは人の名前だろう。四博士と銘打つからには、確かにあと1人足らないから。
誰だかもう検討は着いているけれど。
堪忍して目を閉じると、思った通り後ろから聞き覚えのある声が男に話しかける。
「見世物にするような真似はやめて、アーレン。まだ確証は得られてないの……最も、彼の言うことが本当であれば素顔は割れてないはずだし、そこまでの問題では無いわね。」
冷徹にさえ見える生真面目な女性が、そこには立っていた。
「雹華、だれ?」
「柔和な婦人の顔は影も形もないってことか……」
敢えて挑発するように言えば、夫人改め『ラシュラ』はお手本のような笑みを浮かべた。
「あら、分かっていたの……?なら話は早いわね。」
何としてもこの場面を切り抜けたい。生き返って早々の指名手配は勘弁である。
ありがとうございました!




