幕間1 討伐隊の動揺
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幕間
「何が起きているんだ……」
討伐隊隊長アリウム・ルドベックは、村長から聞いた話と目の前に捨て置かれた異物に、驚愕を隠せなかった。
「干からびたワイバーン、ですか……?魔力を一切感知できません。死後数時間なら、魔力の残滓が残っていてもおかしくはないはず。」
隣で魔力感知魔法を発動していた副隊長パキラ・カンパニュラが、美しい白髪をかすかに揺らして疑わしげに村長を見やる。
「私たちが嘘を言ったと思っていらっしゃるの、『誠実の魔道士』さま?でしたらお得意の虚偽感知魔法を使ってくださっても結構ですよ。」
村長は堂々としていて、例えそんな魔法を使わなくても嘘を言っていないことは明確だった。ただ、パキラ・カンパニュラは何でもまずはやってみる性格だ。
「もう試しているわ……嘘では、ないようね。この村に、本当に錯乱したワイバーンと悪魔が来たと────それも、ワイバーンを瞬殺してこんな姿にしてしまえるレベルの悪魔が。」
アスチルベ公国の聖獣、ワイバーン。この国で長らく育って来たパキラとアリウムにとって、この死体は到底受け入れられるものではなかった。
他隊員達も今は村の修復に忙しくしているが、これを見たら黙ってはいないだろう。
「しまった。もっと早く来ればよかったな……村がこんな壊滅状態になってしまったとは、申し訳ない。」
アリウムはボリボリと頭をかいた。実を言えば、彼もまたこの状況を信じきれていなかったうちの1人である。
「いえ、討伐隊の方々の一存で決められることでは無いでしょうしねぇ……本当にいきなりのことでしたし。」
何故ならこの村長、見るからに怪しい。健康的でない太り方もさることながら、腕輪をジャラジャラつけている様子は、詐欺師のそれだ。
────だが、カンパニュラ嬢が言うなら、目の前の死体は正しくワイバーン。
この討伐隊は、アスチルベ公国自慢の第1級討伐隊である。 編成は少数精鋭の20人弱。一般の国家討伐隊は50人ほどであるから、彼らの優秀さが抜きん出ていることが分かるだろう。
特に、隊長のアリウム・ルドベック。優しげな灰色の瞳に灰色の髪。目の下から頬にかけての1本の傷が、彼の長い戦いの人生を表しているようだ。
彼は一般市民でありながら、40代後半にして国家討伐隊のトップにたった天才である。
その秘密は、影操術魔法と呼ばれる希少な魔法を先天的に扱えることにあった。
暗闇では全てが彼の意のまま。日中でも日が出ていれば、物の影をかき集めて巨大な闇を作り上げることが出来る。
そしてそれらはアリウムの従順な忠犬のごとく敵を攻撃し、味方を守るのだ。
今、彼の操る影は崩れ落ちた家の回収作業を行っている。
さらに、副隊長のパキラ・カンパニュラ。彼女は公国でも三本指に入る大貴族カンパニュラ家の二女であり、その地位に相応しい実力を持っている。
この国に感知系の魔法で彼女の隣に立つものはいない。
幼い頃はその情報量を処理しきれず、いつも体調を崩していてストレスを感じ続ける毎日だった。パキラの髪が白いのはその頃からだ。
ベッドに伏せながらも努力し続けたかいあって制御できるようになってからは、その力を国民の為に使おうと自ら討伐隊の門を叩いた。貴族家出身なこともあり、出世は早かったが、誰もそれについて文句は言わない。
彼女のお陰で助けられた命が、数え切れないほどにあるから。
「……悪魔の出現には、その蝶蘭という少女が大きく関わっているようですね。この少女、母親がいないのでしたっけ?」
幾分かの沈黙の後、パキラがそう言った。
「えぇ、彼女が小さい頃に死別しましたね。」
「追っ手を出す際に身体的特徴を聞いたと思うのですが……金髪に赫い瞳、ですか?」
パキラの烏色の瞳が鋭くなったのを見て、アリウムは『流石カンパニュラ嬢』と思わずにはいられない。
彼女もまた、その髪色のせいで社交界では虐げられていた────アリウムには、とても美しく見えるが。
「この国では、基本的に黒色系の髪の色や瞳の色が多いです。貴方の弟さんは公国外の方と結婚を?」
アスチルベ公国もまた、魔王による悪行の数々で多くの被害者を出した。国の見解として、その被害は全てハーデンベルギア王国の責任としている。
以来アスチルベでは入国・出国制限が厳しくなった。特にハーデンベルギアでよく見られるような金髪の人間は公国内に家族が居ない限り、入出国に莫大なお金がかかる。
蝶蘭という子供の母親は、一体どこの誰なのか。
「弟は1度失踪したんですよ。ある日突然、ふらっとね。」
村長は思い出すと頭痛がするようで、こめかみを叩いた。失踪、という言葉に正義感の強い2人は神経をとがらせる。
「そんな大したことでは無いんです、雹華には昔からそういう放浪癖がありましたからね……まぁ、半年近くいなくなったのも、戻ってきた時に得体の知れない女を連れてきていたのも、その時が最初で最後でしたが。しかも、もう結婚していると言うんです。」
『だってそうしないと、彼女はこの国に入れないからね。俺が貧乏だってこと、姉さんが1番よく知ってるだろ?』
村長の声真似には一銭の価値があった。人好きのする好青年がふっと頭に浮かんでくる。
「そんな軽薄な真似をする人間ではなかったはずなのですが、彼いわく運命、だそうで。彼女こそ『三心の現れ』だと嬉しそうに言っていましたよ。美人でしたしね。」
「三心……この村の教えね。」
もし、この村の教え通りの人間がいたら。突発的な行動に出てしまうことも無くはないのかもしれない。
「でも、本当に不気味なほど裏のない人でした。
私は人から三心そのものなんて言われていますがね、あの人に比べればそんなこと全くないんです……けれど、弟以外の誰もそんな風に彼女を褒めたりしませんでしたよ。」
パキラは不思議そうにしているが、アリウムにはその言葉の続きが分かるような気がした。
「全てを備えた彼女は……とても人間には思えなかった。」
悪魔を従えた少女。どちらが真に恐ろしいのか、アリウム達には判断しかねた。
「未知数の力を持った奴らだ、戦闘になるのは良くない……カンパニュラ嬢、君に彼らの後を追って貰いたい。俺たちはこの村の修繕をしたあと、すぐ城に戻って増援要請をする。」
アリウムは隊長らしくパキラに命令した……カンパニュラ家の令嬢に対して、普通の部下と同じように接することが出来るのは驚くべきことである。
だからパキラはアリウムから命令を受ける時、いつも微かな喜びを覚えているのだ────地位だけでなく、ちゃんと自分を見てくれている人がいる、と。
「分かりました、ルドベック隊長。いい報告ができるように頑張ります。」
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「きっとすぐに追っ手が来る。さっさとケリをつけよう……」
瞋は急にまた歩調を早め出した俺に驚きの目を向けた。
「情緒不安定かよ、雹華……どォした、後ろには何も見えないぞ?」
俺にも説明できる気はしない。ただ、何か一つ言うとするならば……
「悪魔の勘」
見て下さった方ありがとうございます!




