⑤
「まて、シューマ。」
『…こんな時まで命令?』
今ならそれでいいさ。だから黙っていてくれ。未だ、有ってくれ。
呆れたように言う彼女のいつもの覇気は何処へやら。掠れた声は俺に等しく情けない。
「…、クソが。」
『焦らないで。私とお話しましょ…?』
煩い、煩い。
あぁくそ本当に、痛いな。脇腹がジクジク痛む。熱を持ってクラクラと目眩がする。
アホ天使め。
受け入れるなよ、悟った風にいるんじゃない。
俺は、俺だけは【それ】を赦さないからな。
強く、強く。何度も呪うように口にする。
手に染み込んでいく赤は暖かくて、吐き気がした。まるで自分が奪っているのかと疑うほどだ。いや、実際には奪っていたのと変わらない。
彼女をこんな目に遭わせた理由はきっと俺に他ならない。
『ねぇ、ヴァンテロ。』
「こんな時ばかり名前を呼ぶ気か」
『えぇ、そうよ。だって貴方話聞いてくれないんだもの。』
「うるさい、」
聞きたくもなくなるだろうが。
せっかく、やっと、煮詰まった想いを伝えられたというのに。俺を守って消えるだと?
そんなことは赦されない。
お前は俺がこの数百年、どれだけお前のことを考えていたのか知らないだろう。この思いの丈がどれ程か、知らないだろう。
だからそうやって簡単に死を受け入れようとするんだ。
「やめろ、シューマ」
『無理なお願いね。叶えられないわ。』
「勝手に消えるな」
『勝手じゃないわよ。だって貴方を守って死ぬんだもの』
それが勝手だと言っているだろうが。
この石頭。
陶器のような手のひらが俺の指先を辿り頬に伸ばされる。冷たい。元々我々に体温などありはしないが。当たり前なのに、それが酷く寂しいように思えた。
そして、その寂しさが、【彼女が消える】という事実を受け入れた合図のように思えた。
『ごめんなさいね、部下が。』
「…構わん。とは言えんな。」
『でしょうね。たっぷり怒ったけど…恐らく彼は悪魔に私怨があるんでしょう。』
「……あぁ、俺もたった今抱いた」
『…止めてあげて。貴方が喧嘩に負けるわけない。私と…喧嘩するくらいだし。』
パキン、パキン。
壊れる音。別れが近付く音。
静かに耳の奥へと染み込んでいく。
きっと夜になる度に、ここを通る度に反響してこの場面を思い出すのだろう。