②
憂鬱。物思い。思慕。愛憎。そんな似合わない思考に浸かることも少なくはない。
ニンゲンという仕事の対象が下界に生まれてから、上が結び直した条約諸々により天使と悪魔の戦争はパッタリと無くなったが決して争いが無くなった訳では無い。むしろ悪魔という悪魔は己の愉悦に生きている。天使だって、必ずしも【善】の塊であるとは思えない。
あぁ、そうだ。
異界に居る奴らは皆、頭がイカれている。
一瞬の幸せの後の絶望だった。
悪魔が絶望だなんて、笑わせるだろう。だがこの時ばかりはそう言い表す他なかった。下々の者共に伝わるだろうか?精々一世紀の寿命である君たちに。
数百年共にいることが当たり前だった存在の損失。想いを伝えた直後だった。よく開けた天界と魔界の狭間で、いつもの口喧嘩を済ませたあと俺は別れ際に我慢ならず呟いた。
「悪魔の愛は怖いものだろうか。」
『…愛は決して恐ろしいものでは無いわ。もし恐ろしく感じるのならば恐ろしく感じるのは【愛】そのものではなく、その付属品ね。』
「付属品?」
『そう、付属品。その人が持つ雰囲気だとか、性格だとか。自我がある生物は合わない奴とはトコトン合わないように出来てるの。それが恐怖に繋がるわ。』
わたしは、貴方のこと怖いとは思わない。こんな、沢山、数え切れないくらいに…喧嘩しているけれど。
ふわり、俺に似合わない温かさがまた覆う。そういうものか?と幼子のように聞く俺を、ただいつも通りにそういう物よ。と返してくれる彼女が唯一無二だ。俺は、彼女にとって、怖くない。その事実だけで十分だと思った。
だけどハッキリとした性格である彼女はそれだけでは終わらせてくれない。ニヤリと悪い笑みを浮かべた彼女が数歩、俺に近寄る。
『どうしたの?急にこんなこと聞いて。』
「…いや、聞きたかっただけだ。」
『…ホント、あんたって得意なこと以外嘘つけないわよね。』
「なんだよ。」
『あぁほら焦ってる。口悪いわよぉ〜。』
気持ち悪いくらい良い笑顔を浮かべた彼女は無遠慮に距離を詰めてくる。仮にも大天使である彼女はやはり顔の造形も良い。
普段俺と共にいると眉間に皺を寄せたような表情しか作り出せないからか、その完璧なまでの笑顔が少しだけムカついた。