402 Payment Required:A
Operation C512――
サラリーマンから依頼を受け、上司の収賄罪に関するデータを探して盗んでくることになった快楽と千鷹、そして5人の棒人間たち。準備を整えて会社に潜入し、作戦を開始する。
その前日。海辺に建つ大学の寮で、快楽はパソコンの中で作業をする棒人間たちと千鷹の帰りを待っていた。
案内された部屋のドアを開け、室内に視線を巡らせる。しばらく室内を物色していると、お目当てのデスクトップPCを発見し、その方向に体を向けて歩き始める。右手に持った黒いジュラルミンケースを不安定に揺らしながら社員たちの間を通り抜け、やっとのことでPCの置かれた机にたどり着いた。
机の前の椅子が派手に悲鳴を上げるのを無視し、右手のケースを椅子の脇に置きながら座る。ロックを解除したケースから点検に必要なものを取り出して机に並べた後、青い作業服の胸ポケットの中から、1つのUSBを取り出した。
人差し指で黒いボディをコツコツと叩いた後、キャップを取ってジャックにUSBを差し込んだ後にPCを起動する。いつもより長い時間をかけて起動を完了したPCの画面右下に、通知表示が滑り込んできた。
右手のワイヤレスマウスで通知をクリックした後、目の前に置いておいた紺色のヘッドホンを装着し、右耳のボタンを押さえる。
「Stand by.」
『Sta...d by...ザザッ』
なんか雑音入ってるなー。また改良しないとなー。
後頭部で髪の毛をひとつ結びして紺色のヘッドホンを装着した女性は、画面と電子機器に囲まれた薄暗い部屋の中で、ヘッドホンから流れてくる男性の声を聞いていた。
立ったまま右手で握ったスティックを下にスライドさせ、目の前の高解像度モニターに映る視点を下に移動させる。画面の下端から中心へ移動したヘッドホン男をズームすると、周囲の人間からは見えないように、机の下で左手の親指を立てているのが見えた。
顔に薄っすらと笑みを貼り付けたままスティックから手を離し、男が装着しているものと同じモデルのヘッドホンに手を伸ばして右耳のボタンを押さえる。
「こっちはいつでもいいわよー」
マイクに向かって喋った女性の左手には、1丁の麻酔銃が握られており、足元には猿轡を噛まされ、手足を縛られた中年男性が転がされて眠っていた。
『こっちはいつでもいいわよー』
立体音響で聞こえてきたバディの声を聞き、今度は左耳のスイッチを押さえる。今までと同じく、腹話術で口が動いていないように見せながら、ジャックに差し込んだUSBの中の5人の仲間たちに向けて喋りかける。
「作戦開始」
ワンテンポ遅れて、画面上で開いていた「Backrooms,L1,R7,N14」というファイルから、オレンジ、青、赤、黃、緑の5人の棒人間たちが頭を出し、次々と転がり出てきた。オレンジに関しては、頭がオレンジ色の輪で構成されており、頭の向こう側の景色が少し曇って見えている。
全員が、灰色のヘッドホンとカーボンリュックを装着しており、大型USBなどの様々なものを入れていた。そして、それらの重さがないかのように画面の中の様々な場所に掴まりながらタスクバーに着地していく。
そして、最後に赤色の棒人間が地面に着地すると同時に、待っていた棒人間を含めた全員で、画面の左端から少し離れたところに駆けつける。カーボンリュックからノートパソコンを引っ張り出したオレンジと赤色の棒人間がしゃがみ、小声で話し合いながらキーボードに指を走らせる。他の3人は、周りをきょろきょろ見回したり、2人の作業を覗き込んだりしていた。
その後2人が十数秒間ノートパソコンを弄くり続け、それを暇そうに見つめていた男が頭を掻いたとき、「ヴヴッ、ガガ」という雑音とともに、棒人間たちが居座るところより少し右側に、黒色の長方形が現れた。
顔を上げたオレンジの棒人間が頭だけを突っ込み、振り返って残りの4人に声をかける。声をかけられた4人は、先に中に入っていったオレンジの棒人間を追って、黄色、青色、緑色の順番で黒い長方形の中に入っていった。最後になった赤色の棒人間が、相変わらず周りを睨みながらそそくさと中に滑り込んでいった。その黒い長方形も、数秒と立たないうちに見えなくなった。
それを見ていた男が今度は左耳のスイッチを押し、パソコンの内部に潜入していった仲間たちに指示を出す。
「頼んだぞ」
間髪入れず、少し低い男性の声が、音質良く聞こえてきた。
「ああ、分かった」
前日。
「遅いなー」
海辺に建ち並ぶ大学の一戸建ての寮。そのうちの黒い外装の家の2階で、都内の大学に通う大学1年生の藤堂快楽は、ゲーミングチェアに深く沈み込んだ状態で呟いた。
目の前には、黒いパイプが付いたウッドデスクが設置してあり、その上に巨大なデスクトップPCの画面が置かれている。右足元にはこれまた巨大なデスクトップPCの本体が設置されており、冷却ファンの音を薄く響かせていた。
彼の目の前の画面には、Windowsのデフォルトの壁紙が映っている。そして、タスクバーの左端あたりに縞模様のソファーが置いてあり、5人の棒人間たちが座ってノートパソコンを操作していた。
「どうせ、また無駄話してんだろうな」
ソファーの1番右端に座った緑色の棒人間が、キーボードに指を走らせながら誰ともなしに呟く。それから、足元のストローが突き刺さった紙コップを手に取り、口に咥える。中身を勢いよくに吸い上げる「ずずずずず」という音が、画面に埋め込まれた高音質スピーカーから放たれた。
「コンコード、もう少し静かに飲めよ」
コンコードの隣りに座って手をキーボードに置いたまま上を向いていた黄色の棒人間が、激しく音を立てたコンコードに声をかける。釘を差されたコンコードは「はいよ」とストローを口から離した。
「今回はどんな内容なんだろうな」
ソファーのちょうど真ん中に座っていた水色の棒人間が誰ともなしに呟き、止めていた手を再び動かし始める。しばらくすると目の疲れが頂点に達したようで、無言で上を向いて目頭を押さえた。
「また簡単なものなんだろうな」
フロストの隣で、膝にノートパソコンを置いたまま片手に持ったA4のコピー用紙の束を捲る赤色の棒人間が、フロストの呟きに反応して答える。印刷された大量の文字と数値をパソコンの画面と見比べてから、キーボードをぺちぺちぺちと何回か打った。
「まあ、気を抜かずに、いつも通りやろう」
ソファーの1番端に座り、熱心にキーボードに指を走らせるオレンジ色の棒人間が笑うでも無く怒るでもなくつまらなさそうに呟いた。そのまま無言で作業を続けた結果、隣でスマホを取り出したブラッドから「ちったぁ休憩挟めよ」と呆れられた。
「にしても遅いなー」
彼らの作業風景を無言で眺めていた快楽が誰ともなしに呟く。頭を上に向けて首をべきべきと鳴らした後、机の上に置いてあった文庫本を手に取り、ぱらぱらと捲り始めた。
「ああ。やはり、無駄話でもしているのだろう」
いよいよ目の疲れが臨界点に達してノートパソコンを閉じたフロストが、凝った腰を治すために立ち上がって言う。しばらく回旋してから「そういえば、前回は1時間遅れて帰ってきていたな」と付け足した。
緩く流れる時間をそれぞれの方法で消化していると、不意に外からエンジンの爆音が聞こえてきた。明らかにスポーツカーに積まれているエンジンのそれで、ドロドロという環境に悪そうなエンジンの排気音が次第に大きくなってきた。
突然始まったお祭り騒ぎのような音で快楽が席を立ち、裸足で窓際にぺたぺたと歩いていってカーテンを少しだけ開ける。しばらくカーテンから頭だけを覗かせていると、快楽の視界の左から1台の車が走ってきた。黒光りするボディーに、細く白い2本のラインが入ったレクサスNXだ。
家の車庫の前で停車しバックライトを点灯させたのを見て、パソコンの方に向き直った快楽が「帰ってきた」と呟く。マイク越しにその言葉を聞いた彼らは少し安堵が混ざった表情を浮かべ、目線を落として自分の作業に戻った。
快楽がカーテンを閉めて自分の机に向き直る。カーペットの上を歩いてゲーミングチェアのヘッドレストに手を掛けた、
次の瞬間。
ガリガリガリガリッ
金属同士が擦れ合う盛大な音が、何層もの壁を隔てた快楽の部屋に伝わってきた。明らかに車がどこかにぶつかり塗装が剥げた音で、座面に腰を下ろそうとしていた快楽が動きを止めて薄く苦虫を噛み潰したような顔になる。そのままの顔でゲーミングチェアに座り、検索エンジンを起動して検索バーに「車 塗装 修理」と打ち込んだ。
起動が完了した頃に、再度「ギギギギギギ」という甲高い音が聞こえてきて、エンジン音が止まった。
その間も、5人の棒人間たちは職務を放棄すること無く、我関せずといった様子で黙々と己の作業を継続していた。
快楽が表示された結果をスクロールして見ていると、玄関のドアが開き、袋に入れられた荷物が床に置かれる音が聞こえてきた。しばらく無音の状態が続き、袋の中身を整理する音が聞こえた後、今度はこそこそと階段を登ってくる音が聞こえてきた。
階段を踏むギシギシという音が地面を踏むぺたぺたという音に変わった後、ドアがゆっくりと開いて、
「ただいまー・・・」
先程車を車庫にぶつけた張本人の1人の女性が入室してきた。快楽と同じ大学に通う大学2年生、八ツ崎千鷹である。
顔色を伺いながらドアを閉めた千鷹に、真顔の快楽が低い声で呼びかける。
「先輩、さっき車擦ったでしょ」
「え? い、いや、擦ってなんか・・・・・・無い、ですよ?・・・・・・」
「せんぱい、ものすごいうそつき」
「何じゃその喋り方はぁ! アー◯ャか!」
「否定はしないんだね」
痛いところを突かれた挙げ句揚げ足を取られた千鷹が「だってぇええええええええ」と項垂れて手に持っていた鞄を投げ出しながら部屋の隅に合ったベッドに倒れ込み、そのまま着ていた上着を堂々と脱ぎ始めた。部屋の中に甘く重い匂いが広がる。
それを一瞥した快楽が、ピクリとも表情を変えないままパソコンに向き直り、「もうそろ説明始めるよ」とデスクトップに貼り付けていたワードを表示させる。それに気付いた棒人間たちが作業を中断し、身の回りを整理しながら頭上のワードを見上げた。
「始めて、いい?」
画面を見つめたまま後ろの人間に向けて言うと、上着と服を脱いでだいぶ軽装になった千鷹が後ろから近づいてきて、快楽の首に腕を回して耳元で「いいよ。始めて」といたずらっぽく呟いた。顔の真横に千鷹の頭がある状態の快楽は特に嫌がる様子もなく、仏頂面で「じゃあ、説明始めるよ」と呟いた。
_____________________________________
-OPERATION C512-
Client:佐藤 出
Requests:上司の収賄案件及びその証拠となるデータ
Target Data:上司の給与明細が記録されたファイル
Day and Time:2037 8/16 9:00〜11:00
Method:ラテラルムーブメント
Roles
・地図作成:アドベント
・セキュリティ突破 / コード解析(補助):リベレス
・コード埋め込み:コンコード
・システム・情報管理:ブラッド
・コード解析:フロスト
・目標ハードウェア接近:藤堂快楽
・警備室潜入:八ツ崎千鷹
Time limit:7200seconds
Remarks:特になし
Reword:***********
_____________________________________
文面の内容を理解するためにしばらく無言の時間が流れた後、読み終わった千鷹が不意に「なんか、前も見たことあるメンツだね」と呟いた。画面の中の棒人間たちも賛同の意を示す中、快楽が「まあ、前のやつを少し変えただけだからね」と言った。
「とか言って、説明しなくてもわかるよね。今回はこんな感じ」
全員が自分の説明無しで理解したと判断した快楽は、やや投げ出したような表情で目を瞑った。
「あ待って。リベレスとフロストが逆」
快楽の呟きを無視してそのままワードを見続けていた千鷹が呟き、快楽の横から長い腕を伸ばす。千鷹の上体が動き、千鷹の首と快楽の首が軽く触れた。
「ああ。俺もセキュリティ突破の方が慣れているな」
「そうだな。俺も化け物と戦うような覚悟はできていない」
ソファーに座ったフロストとリベレスが同意したので、快楽が「はいはい」とフロストとリベレスの文字列を書き換えた。
「またラテラルムーブメントか・・・・・・。他の方法はなかったのか?」
フロストが「Method」の欄に書いてあった「ラテラルムーブメント」を指差しながらつまらなさそうに言う。それから自分のパソコンを開いて少しキーボードに指を走らせ「既に100回以上しているぞ」と呟いた。
ラテラルムーブメントとは、クラッカーがサイバー攻撃の際に行う手法の1つで、侵入したシステム内で”平行移動”を行うものである。電脳空間での上下移動が無いので、感染拡大が発覚しにくいという、攻撃する側からすればメリット、される側からすればデメリットがある。
つまりは一部の限られた人種が使う用語であり、一介の大学生が日常的に使うような言葉ではないことは保証できる。
「いやでもさ、XSSとかP2P使った作戦なんかよりは楽じゃん?」
隣でスマホをしまったブラッドが宥めるように、というか宥めるために喋りかけた。
「そういえば、伏せ字にされている報酬は幾らなの?」
ソファーから立ち上がって伸びをしていたアドベントが、画面の外の2人に質問を投げかける。完全に忘れた様子の千鷹を間抜けそうに一瞥した快楽が、事も無げに、
「3000万円」
これまた非日常的極まれりの単語を炸裂させた。3000万円と言えば軽くフェラーリが1台手に入る値段である。もちろん、一介の大学生が以下同文だ。
しかし、大学生でありながら「情報屋」として秘密裏に情報収集を行う2人と5人の棒人間たち――Backroomersにとっては、これらの単語が飛び交うことも日常茶飯事であり、この報酬金額も普段と似たりよったりの金額である。
「そうか。それなら、また新しい装備を調達しよう」
「そのまえに例のブツのエンジンでしょ。この前エンストしたじゃん」
「そうか」
報酬金額を発表され、意気揚々と雑談を初めたフロストとリベレス及びその他の仲間たちに、千鷹が「はいはいそれは仕事終わらせた後!」と叫ぶ。力なく「はーい」「分かった」「あいよ」と言った5人は、ソファーを手分けして片付け始めた。
気付くと、既に時刻は正午を回っている。
棒人間たちの行動とデスクの棚の上にちょこんと置かれたデジタル時計の文字盤を見た千鷹が、快楽の首から手を退かし「ごはんごはんー!」とはしゃぎだす。そのままの勢いで、椅子に座ってなおもぐうたらしようとする快楽を引っ張り上げ「ごはん! 下降りるよ!」と叫ぶ。この女性はいつも例外なくハイテンションだ。
「まって痛い腕が外れる」と抗議の色を示した快楽だが、その抗議を聞いてもらうこともなく椅子から引き剥がされ、部屋のドアに向かってずるずると引っ張られていく。不本意ながらその爪先を椅子のキャスターに盛大にぶつけ、机上に当たった椅子の振動が棚に伝わり、据わりが悪かった非常ボタンのガチャガチャが倒れてカーペットに転がり落ちた。
「悪いそのボタンとって置いてて!」と断末魔の悲鳴にも似た叫びを残して部屋から出ていった快楽を、画面の中から5人の棒人間達が横目で眺め、そのまま作業を再開した。床に転がったままのボタンを拾うつもりは誰一人としてないようである。
最も、今このままでは触れることすら出来ない。すると、ソファーを片付け終えた彼らがアプリを起動し、だからこうするんだよと言わんばかりに、表示された幾何学的なデザインの枠の中に飛び込んでいった。
間髪入れず、机の隣においてあった作りかけの黒いジャングルジムのような機械が動き始め、3Dプリンターのように、またはだるま落としの逆再生のように、彼らの体が復元されていく。実は、これが棒人間たちの本来の姿であり、パソコンの中身の棒人間たちは特殊な方法で電脳世界に入れるように”変換”された姿である。
ものの数分足らずで全員が復元され、カーペットの上に、細い5人分の色とりどりの足が並んだ。
「じゃ、俺たちも降りるか」
1番ドアに近かったコンコードが呟き、ドアを押し開ける。細い足で器用に部屋を出ていき、それに続いて4色の棒人間達が部屋を出ていった。最後になったフロストが、軋みながら閉まるドアを心配そうに見つめながらドアを閉め切る。
床に落ちたボタンが拾われたのは、その日2人と5人が寝る直前の話である。
皆さん、お久しぶりです。鉄海老レガ吉改めフロドックスです。
なぜ名前を変えたのかというと、前に書いていた小説を読んでくださった友人一同から「名前がわかりにくい」とのクレームを受けたからです。ちくしょう、だいたい7秒ぐらいでなんとなく考えついた良いかもしれないよくわからん名前なのにっ。(じゃあなぜ前に執筆していた小説が無いのかと言うと、改めて読み直してみると気に食わなかったので削除したからですもう読んでられません)
そして今回のこの小説。前々から書いてみたかったサイバー関連の小説です。棒人間ネタも気になっていたので、書き始められてよかったよかった。ちなみに、某人気Youtuberのパクリなんかではありません。オマージュの間違いです。
まだまだ書き始めたばかりですが、できるだけ書き進めて皆様に楽しんでいただきたいと思います。書き進めたいと思いますが、結構遅くなってしまう時もあるかもしれません。
そんなこんななんで、(どんなこんなだよ)次回の話も楽しみにしておいてください。
読んでいただきありがとうございました。評価なんかも漏れなくお願いいたします。
P.S.
Twitterにてアカウントを開設しております。ぜひともフォロー・DMをよろしくお願いいたします。もしDMを繋いでくれた方は、私の心底どうでもいいつぶやきを聞くことが出来ます。
アカウント名は「フロドックス」です。