深夜 生徒とコンビニで
教師視点です。
(あらら?)
……夜遊びするようなタイプには見えないんだけどなぁ。
深夜。コンビニから出たばかりの涼夜は、勤務先の生徒とばったり出会した。この頃何かと縁のある少女──七瀬結衣子だった。
「離してください」
まだ帰宅していなかったのか。
若い男たちに囲まれていた七瀬は、制服姿のままで。「いいじゃん」とか、「ちょっと付き合ってよ」としつこく絡んでくる男の腕を懸命に振り払おうとしていた。
「ちょっと、きみ」
涼夜は眉を顰めて、七瀬の腕を掴んでいた男の肩に手をかけた。案の定「なんだよおっさん」と想定内の文句と共に振り返られる。
暴力は好きではない。けれどあいにく耐性がないわけでもない。
涼夜は平然と首を傾けた。
「その子おれの生徒なんだけど。何か用?」
驚いたのは男たちだけではなかった。腕を掴まれていた七瀬もまた、涼夜の姿に目を見開き、固まる。
(ほんとにこの子、何してたんだろ)
まさかお金欲しさに、なんて嫌な想像を振り払って、涼夜は男を掴んだまま、片手でスマホをタップした。コールが鳴って、耳に当てる。
「ちょ、お前、何してんだよ」
慌てる男たちに一瞥をくれながら、涼夜はさらりと答えた。
「通報に決まってるだろ。あ、おまわりさん?」
途端。短い悲鳴をあげた男たちは涼夜の手から必死にもがき出ると、謝りながら走り去っていった。どうやら酔っ払っていたようだ。
「……ったく」
涼夜は嘘の電話を止めると、言葉を失っている七瀬に向き直る。
「こんばんは。怪我はなかった?」
「……はい。ありがとうございました」
「いえいえ」
スマホをポケットにしまいながら、ゆるりと微笑む。
この子を説教する番だった。
「で、七瀬さんはこんな時間に何してたの?」
限りなく黒に近い紺のブレザーに、同色のプリーツスカート。肩にかけた重そうな通学カバン。校外だというのに、指定の赤いリボンを外していないところが、生真面目な彼女らしかった。
涼夜の受け持つクラスの生徒は、その過半数が制服を着崩している。もともと規則の緩い学校ではあるけれど──それで誰に迷惑をかけるでもなし。リボンの位置や、ネクタイの結び方が彼、彼女たちの自己主張だというのならそれでいいかと、涼夜は、ほかの教師ほどめくじらを立てることはなかった。
けれど。
流石にこの状況は見過ごせない。
時刻はすでに十二時を回ろうとしていた。本物のおまわりさんが来たら、彼女は有無を言わさず補導されていただろう。
七瀬は決まり悪そうに俯くと、肩にかけたカバンの紐をぎゅっと握りしめる。
「塾、だったんですけど、バスに乗り遅れてしまって」
「……塾? こんな時間まで?」
七瀬はこくりと頷く。
「私、特進クラスで。模試も近いからって、今日は自習もあって」
「へぇ」
塾に通ったことのない涼夜はそれが常識の範囲内かわからず、けれどいくら勉強とはいっても、許容できる時間ではないと思った。
「家は遠いの?」
「ここからバスで30分くらいです。……とりあえず連絡しなきゃと思って、さっきから母に電話してるんですけど、出てくれなくて」
バスで30分とはこれまた。
沈黙しているスマホを手に、途方にくれている七瀬に、涼夜はため息をこぼした。
しっかりしていると思っていたけれど、案外、生きるのが下手なタイプなのかもしれない。器用貧乏というのだったか。
「そこの車、乗って。送るよ」
「え……い、いいですいいです大丈夫です」
「バスもお金もないんでしょ? この辺はさっきみたいな危ないのも多いし。ほら、早く」
遠隔キーでロックを解除すれば、七瀬のすぐそばにあった黒の乗用車──ライトが明滅する。
「あの、本当に大丈夫ですから!」
「いやいやおれも職務放棄になっちゃうからさ。あぁ、これ持ってて」
頑なに動こうとしない七瀬に、涼夜は持っていたビニール袋を渡した。タバコと缶ビールとつまみが入っている。一人暮らしの寂しい夕食だ。
それでも戸惑う七瀬に、苦い笑顔を向ける。
「安全運転だから大丈夫だって」
「……でも」
「おれも早く帰りたいからさ」
最後の一押しに、七瀬がようやく折れる。
「それじゃあ、今夜だけ」
お邪魔します。
運転席に座った涼夜の隣、遠慮がちに乗り込んだ七瀬が、シートベルトを装着するのを確認して、車を発進させる。七瀬のナビに従い、深夜の暗い道をひた走った──。
ようやくついた彼女のアパートの前。七瀬は、降りた先でも律儀に頭を下げてきた。
「ありがとうございました」
「ん。次からは本当に気をつけてね。今日はたまたまおれがいたからよかったけど」
「はい」
「それとさぁ」
言って。半ば強引に連絡先を交換したのは、ちょっと危なかっしくて、少し心配だったから。
それだけだった。
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