表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/24

紫煙とチョコレート

喫煙シーンが出てきますが、推奨するものではありません。

「校内禁煙ですよ」

 いくら学級委員とはいえ。

 教師に注意するはめになるとは、夢にも思わなかった。理科準備室の狭い空間。夕暮れ。吹奏楽部がパート練習をしている音と、野球部の掛け声、バットがボールを打つ。回れ回れと、知った声が叫んでいる。──健全なはずの放課後。

 結衣子(ゆいこ)は、勇気を振り絞って白衣姿のその教師に声をかけた。

 窓辺の棚に行儀悪く腰掛け、外を眺めていたその教師が、ゆっくりと振り向く。色素の薄い柔らかな猫毛。垂れた目尻は緩く、真っ黒な眼球は何者も映してはいないかの様だった。教師は口元を覆うようにタバコを挟んでいた手を、のんびりと下ろす。

「ごめんごめん。我慢出来なくて」

 紫煙を吐き出しながら、缶コーヒーの中に半分残った吸い殻を落とした。

「もうしないから、内緒にしててくれないかなぁ」

 若いことと、課題が少ないこと、怒らないこと。そんな幾つかの理由が合わさって、教師は生徒たちからひどく慕われていた。──舐められている、とも言い換えられるのだろうけれど。ともかく彼は、その甘い顔も相まって、特に女生徒からの人気が高かった。先生先生と。彼の白衣に絡み付く同級生の姿は、結衣子も何度も目にしたことがあった。結衣子自身には、教師の良さが少しもわからなかったけれど。

「ダメ? 校長先生に言う?」

 どちらでも構わないと、教師は思っているみたいだった。無頓着、無関心。だから彼は生徒に怒ったりしない。出来た分だけ褒めて、聞かれたことにだけ答える。ふわふわとして掴みどころのない、煙の様な人。(まれ)に耳にしてしまう女生徒との不埒(ふらち)な噂も、本当かもしれない。

 だとしたら、進路の(さまた)げになる。関わるべきじゃない。

「今回だけ、見逃します」

 でも次はありませんと、結衣子は集めてきたクラス分のノートを作業机に置いた。

「ありがとう。無職になっちゃうところだった」

 くすくすと笑った教師は、棚から降りると、結衣子に近づいてきた。タバコが香って、教師を見上げる。

「職員室に戻る前に、消臭した方がいいですよ」

「はは」

 教師は目を細めて微笑う。

「優しいんだねぇ七瀬(ななせ)さん。ノートも、佐倉君の代理で持ってきてくれたんでしょ? ありがとう」

 言って、デスクの上にあった未開封の板チョコを結衣子に差し出した。

「いつも一生懸命授業も聞いてくれてるよね。あれ、教師側としてはめちゃくちゃ嬉しいんだよ。だからこれは、えーと、お駄賃」

「賄賂は受け取れません」

「……ええ。お駄賃だってば」

「いりません」

「真面目だなぁ」

「先生が不真面目過ぎるんです。見つけたのが北島先生だったら、本当に無職になってましたよ」

「あぁ。おれ、目つけられてるもんねぇ」

 またどうでもよさそうに笑って、教師はノートの山の一番上を手に取り、ぱらぱらとめくった。その穏やかな顔。

「見つかったのが七瀬さんでよかったよ、ほんと」

 首の皮一枚。と冗談めかした教師と視線がかち合う。

 校舎も廊下もグラウンドも。全てが橙に染まる放課後。結衣子は、もうこんなことがありません様にと祈りながら、狭い準備室を後にした。


読んで下さってありがとうございます。

少しずつ追加できたらいいなと思っています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ