8 結婚式、総督の妻に
言うまでもなく婚約は唐突に決まったことなので、私とアルファード(呼び捨てにするのは心の中でもまだ抵抗がある)は関係各所にその報告を行う作業に忙殺された。
まず、両方の親や一族に伝えねばならない。
といっても、私のほうはほぼ何も問題なかった。王子との結婚を拒否することなど、私の親でも不可能だ。
問題なのは王都の王家のほうだが、こちらもあっさりと了承されてしまった。
これは婚約相手が、王子に婚約破棄された私なのだし、騒動が起きるリスクは捨てきれていなかった。
しかし、中央からつかわされた早馬は好きなようにすればいいという、なんとも投げやりなものだった。
「文句がなかったとしても、別に変なことではないさ」
朝、前日に来た早馬のことが話題になると、アルファードは簡単に言ってのけた。
「こんなことで王都の人々はケンカを売る気はないよ」
現在、私は総督公邸に必要最低限の荷物を持ってきて、暮らしている。
なお、アルファードにはくだけた口調になるようにお願いした。
こう書くと、結婚式の前から同棲しているようだが、少々事情は異なっていて、アルファードは政務庁舎の中を生活ができる場所に改造して、そこで暮らしているのだ。
公邸に戻るのは面倒臭いので、ほとんど利用していなかったという。
しかも総督公邸は大きく4つの建物に分かれていて、うち1つは社交の球撞き場としても、人が住める建物が3つもある。
私はアルファードとは違う建物を使うので、同棲ではない。
今日の朝もアルファードは政務庁舎から私と朝食を食べにやってきた。
式の前からいちゃついてるわけではないと示すためとしては、仕方ないと思う。
「それにしても、王都に参る必要もないと言われるとは思いませんでした。むしろ、王の危篤に関わらず、副都を離れるなと言われるとは……」
「まあ、王が危篤であること自体が公にはされていないしね。むしろ、もうすぐ次の王になる弟からすれば、僕の姿が王都で目撃されるほうが嫌なんだろう。それこそ、僕のほうが王の器だなどと思われたら最悪だからね」
「言われてみれば……。それはリスクになりますね」
「元々、総督は王の命令なしに王都に入ってはいけないことになっているんだ。でないと、反乱を起こされる危険がある。だから戻っていけないことは理にかなっている。道理に反するのは危険だ」
その王が危篤で命令を下せないなら、私たちはここにいるしかない。
「そうですね。これで、懸案は去りました」
「だね。だから一刻も早く僕は式を挙げたい。堂々と君と暮らせるようにしてしまいたいな」
そう言って立ち上がると、アルファードは私の後ろから手を伸ばした。
ふわりと抱き締めた格好だ。
「仕事の時間までこうさせていてほしい」
「もう、食事中、お行儀が悪い……と思ったら、もう食べ終えているんですね」
アルファードは食べるのが速い。ゆっくり食事をする時間もとりづらい仕事だからだろう。
「ごはんが食べづらいですが、これぐらいなら我慢しましょう」
二人揃っていちゃいちゃするのは、はしたないのでアルファードが甘えている間、私はどちらかというと、毅然とした対応をとっている。
まだ式を挙げる前であるし、悪い噂が広まるリスクは避けたほうがいいだろう。
少なくとも、今はアルファードの服が汚れないように気をつけて、朝食を食べないといけないので大変だ。
「ああ、そうだ、式の日程だが、二週間後にしようと思う」
「えっ! なかなか急ですね……。私の実家からはみんな出席できると思いますが」
「あまり式で人が集まりすぎると、中央の連中を警戒させてしまうからね。ひっそりと行われたという話が伝わったほうが中央も安心するだろう」
「これからも中央の動静は気にしないといけないのが大変ですね。わかってはいたことですが」
庶子とはいえ、第一王子というのは多くの人間の注目を集めるのだろう。
「では、そろそろ庁舎に行かないといけないから」
アルファードが腕を放す。やはり、だんらんの時間は少ない。
「待ってください」
私は立ち上がるとそっと、アルファードの頬にくちづけした。本当に短い時間だけれど。
「ありがとう。元気が出たよ」
お返しにアルファードは私の手の甲にくちづけして出ていった。
彼が出ていって、しばらくするとキルアラが姿を見せる。
「ずいぶんとお仲がよろしいようですね」
おそらくどこかで全部見ていたのだろう。それが護衛の仕事なのだから、文句は言えない。
「余計な話はいいの。図書館に行くから」
本格的に副都を中心と見た場合の地理の勉強をしておかなければならない。アルファードの妻となれば、この都市を守る責任が私も生まれるのだから。
◇ ◇ ◇
早いもので、結婚式の日はすぐにやってきた。
ただ、緊張のようなものはあまりなかった。この日の前からずっとアルファードと仲良くしていたし。山岳伯領から来た両親や兄、それに重臣の方たちも驚いてはいたが、歓迎してくれた。
北部を中心とする領主たちとのやりとりは気をつかうが、婚約者になった時からそういう機会もあったので、そろそろ板についてきた頃合いだ。
むしろ、私の父がアルファードにあいさつをされて、緊張をしていた。
「まさか、総督殿下が娘を見初められるとは……。いまだに信じられぬ想いです……」
面白そうなので、私は横目で落ち着きのない父を眺めていた。
「何も偽りはございません。必ず娘さんを守りますので」
「娘をよろしくお願いいたします――と言いたいところですが、あの娘もなかなかの策略家ですからな。もし、殿下お一人で抱えるのが大変な事態になりましたら、あいつに少し役目を任せてやってください」
父がにやりと私のほうに視線を移した。見ていることはバレていたか。
「もし、男なら優秀な参謀の役目をさせていました。あれだけ勉強熱心な者はそういませんから」
なんだかんだで娘のことをよく見ているな。
「ぜひ参考にさせていただきます。ただ、そんな機会などないほうがいいのですがね」
山岳伯と副都総督の応対は大きなトラブルもなく終わった。
そして、式次第に則って、式は厳粛に行われて――
私とアルファードは最後に誓いのキスをした。
その瞬間、私は正式に副都総督の妻、アルファードの妻となった。
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