7 婚約成立
アルファード様は私の言葉にあっけにとられた顔をしていた。
あれだけ食事の会の手配を行ったのに、縁談自体が無駄だと言われたわけだから、楽しいはずはないだろう。副都総督の顔もつぶしてしまったかもしれない。
だが、もし一か月や二か月こんなことを続けて、誰もいい人がいませんということになれば、いよいよアルファード様に対して失礼だ。
ならば、今のうちに伝えるほうが傷が浅い。
「無礼なことは百も承知です。しかし、どのような方とお会いしても、アルファード様ほど親身になってくださった方はいないのですから、どうしようもないのです。縁談にかかった費用はすべてお支払いいたします。なにとぞ、お赦しください」
私は丁重に頭を下げた。
テーブルをはさんだソファーの奥のアルファード様は果たしてどんな顔をなさっているだろう。
やけに時間を長く感じる。
「お話はうかがいました。その……僕はとても複雑な感情で、一言で気持ちを説明できないのですが……」
まだ顔を上げることはできない。
「すべては私の責任です。申し訳ありません……」
こんな女なら婚約破棄されるのも当然だと思われたりしているだろうか。
「あの、クラウディアさん、今から話すことはあくまでも提案であって、論外であればすぐにおっしゃっていただければいいのですが……」
提案? まだアルファード様は何か善後策を考えようとしてくださっているのか。
「この僕アルファード・シュミラーを……婚約者とするのはいかがでしょう?」
「えっ?」
ありえない言葉に顔を上げてしまった。
「実を言うと、初めてお会いした時からあなたに惹かれていたんです……。ですが、婚約破棄をした弟の兄が出てきて、婚約しないかなどと言えたものではありませんし……。まるで、責任を取るためだけに婚約を持ち出したように思われるでしょう……。それこそ誠実とは言えません。ですから、どうにかできうる限りの縁談の場を設けたのですが……」
アルファード様は頭をかいた。
こんな状況で落ち着けるわけもない。私も落ち着かない。
「しかし、クラウディアさんが僕にわずかでも好意を抱いてくれているのでしたら、そのお気持ちにお応えする用意は、できております。そこに偽りはありません」
私はじっとアルファード様の瞳を見つめていた。
「よいのですか? 私は望むところですが、時が経ってから婚約を後悔されたりしないでくださいね?」
「僕はこの都市の総督です。ウソはつけない立場です。僕のほうこそ、クラウディアさんに迷惑をかけてしまうかもしれません。僕は曲がりなりにも王族ですし、副都の総督の地位も5年になります。政争に巻き込まれる確率はほかの貴族の方よりはるかに高い……」
「かまいません。軍略には自信があります。もし、争うようなことになったら、私がアルファード様の片腕になります!」
私は身を乗り出して、言った。
その手を、しっかりとアルファード様が握った。
「クラウディアさん、僕と婚約してください」
「喜んで」
アルファード様の手はとても温かかった。
その部屋で、キルアラが何が起こっているんだという顔をしているのに気づいたのは、もうちょっと後になってからだ。
それから、キルアラまで部屋の外に出てもらって、二人でいろいろな準備について話しあった。
とはいえ、最初はお互いに顔が真っ赤で、気軽に話し合える状況ではなかったが。
「王都への連絡ですが、僕の一目ぼれということでかまわないと思います。山岳伯が副都に権益を有していないことは王都の方々もご存じですから、それが不穏な意味を持つとは誰も思いません」
たしかに山岳伯領は北部の中では南のほうにあり、そこまで副都の影響は強くない。領主同士の交流も中部の勢力とのほうが多いぐらいだ。
「中央の政界で失脚した方の娘ということであれば、勘繰られもするでしょうが、今回は明らかにそうではありませんし」
「ですね。私も問題は感じていません。ただ、副都の文化にも生活にもまだまだなじめていないので、そこは勉強しないと……」
「ゆっくりしていただければ、けっこうです。どちらかというと、嫌でも政治に関わらざるを得なくなるかもしれないので、そちらが気がかりですが」
「今の私が言っても説得力があるかわかりませんが、私は権力を振りかざしたい気持ちはありません」
「もちろんわかっていますよ。権力に執着する方なら、あんな危ない裏道を歩くことはないです」
あそこでアルファード様と出会えたのだから、不用意に裏道に出て正解だった。
「ただ……総督の妻となれば立場上、政治に巻き込まれるという覚悟ぐらいはあります」
それはほかの領主の妻となった場合とさほど変わらない。
よほどの愚か者でないかぎり、当主の妻も政治力は望む望まないとは別に有してしまう。
「そうですね。こういうのは公的な役職を持っていただくほうが明快でよいものです。クラウディアさんには、女性特有の問題を扱う部署のトップに立っていただきます。そのほうが妻経由で夫に用件を取り次がせようとする者は来づらくなるはずです。それでも皆無にはできないと思いますが」
「何も異論はございません。私だって貴族の生まれ。義務は果たさねばと思っていますから。ただ、一点だけ変更をお願いしたいことがあります」
アルファード様が唾を飲みこんだのがわかった。
私が物申すという態度に見えたのだろう。
「他人行儀に『クラウディアさん』と呼ぶのはやめにしていただけませんか? 私のほうが7歳も年下ですし」
「なるほど……。では、その『アルファード様』というのもやめにしていただけますか? 僕も呼び捨てにしていただけるなら受け入れましょう」
「いえ……それはとても抵抗があるのですが……。で、では、人目がないところでだけアルファードと呼ぶ――それでいかがでしょう? 人前で王子である方をぞんざいに扱っていると見られれば鼻白む人も出てくるでしょうから」
「わかりました、では、クラウディア、今、アルファードと呼んでください」
アルファード様、いえアルファードはいたずらっぽく笑った。そんな表情もできるのですね。
「ア、アルファード……」
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