28 新しい首都
「クラウディア! せめて、殺される前にあなたも殺してやるわ!」
サローナが握っているものはナイフだった。
話し合う空間を確保していたせいで、警護の兵が入ってくるのも間に合いそうにない。
それでも、私は落ち着いていた。
衣服の下には金属製の鎧を着込んでこの場にのぞんでいた。どこかにジェフリスを王とみなす者がいて、襲撃してくるかもしれないと思っていたからだ。
それに私も武門の生まれだ。
あっさりと殺されるつもりはなかった。鎧の腕の部分で防げば、どうにかなるか。とにかく、急所の首に切りつけられたりしないかぎり、どうにかなる。数秒耐えれば、誰かが取り押さえる。
だが、サローナが私に近づききる前に、剣が私とサローナの間に割って入った。
それはアルファードの剣だった。
その剣が横を向いて――
思いきり、サローナの首を吹き飛ばしていた。
頭部を失った体がその場に倒れる。
荒い息を吐いたアルファードが私のほうを向いた。
笑顔というには厳しい表情だったが。
「クラウディア、君は僕が守る」
「うん、ありがとう、アルファード」
私が助かることは、アルファードと結ばれた時から決まっていたのかもしれない。
すぐに警護のほかの兵たちが残されたジェフリスを取り押さえた。もっとも、ジェフリスもサローナがこんなことをするとは思っていなかっただろうが。
「簒奪者の処刑の準備をしてくれ。自分から王を殺したことを宣言して、その妻がクラウディアを殺そうとした。助命できる可能性は何もなくなった」
淡々とアルファードは言い、連行されたジェフリスは刑場で処刑された。
こうして「簒奪者の反乱」は簒奪者の死をもって、終わりを迎えた。
◇ ◇ ◇
「簒奪者が消え、王位の継承者を選定しなおすことになった結果、副都総督であるこのアルファードが序列1位ということになった。王も不在であることから、本日より、僕がホーリニア王国の国王となる。皆、よろしく頼む」
アルファードの声に従う家臣や領主が頭を下げる。
私はその様子をアルファードの隣で見ていた。
「隣に座っているのが妻のクラウディアだ。王妃としてこの国を支えてくれる。皆、王妃もよろしく頼む」
私は家臣や領主に小さく一礼した。
ただ、場所が政務庁舎近くにある来賓用施設なので、あまり締まらないのだが。
アルファードは首都を副都のほうに移すことを決定した――とは明言はしていないのだが、王都が荒廃しているので、即位式や政務も慣れている副都で行うと宣言した。
事実上の遷都と同じなので、廷臣たちもあわてて副都のほうに移ってきている。
言うまでもなくアルファードを支えてくれた部下たちも残っているが、それだけでは王国すべてを統治するうえで人数がまったく足りない。
簒奪者ジェフリスとのつながりが弱い廷臣は統治のために使っていく必要がある。ある意味、兵力差が圧倒的で、ほとんど死者が出ていないことは今後の政務を考えると、ありがたかった。人材が多く残っている。
「陛下、新しい宮廷を建てるべきかと思いますが、どういったものを構想されておりますでしょうか?」
北部の有力領主が尋ねた。彼らにしてみれば、副都を正真正銘の都にしたいのだ。
「そうだな。ここを宮廷として使うのでも別に違和感はないんだが。政治も政務庁舎である程度まかなえるだろうし」
王都からやってきた廷臣が渋い顔をした。
「いくらなんでも、規模が足りません! 最低でも大幅な増築が必要です。陛下は豪奢なものは必要ないと思われているのかもしれませんが、施設が足らず統治に困るのであれば、本末転倒です。どうか、本格的な造営をご検討ください」
「わかった、わかった。そこは僕よりもほかに詳しい者がいるだろう。案を決めて、僕のところに持ってきてくれ。それにしてもこの椅子も慣れないな。総督時代は政務の時もいろんな部屋や建物を走り回っていたんだけど」
「どうか、王となったからには、どっしりと構えていていただかないと困ります」
そう言われてアルファードは本当に困った顔をしていた。総督のほうが楽だったと本気で思っていることだろう。
「陛下、私も王妃として支えますので、少しずつ王の統治法や振る舞いを慣らしていきましょう」
私はアルファードのほうを見つめて言った。
「クラウディアだって王妃の経験はないのに、なんでそんなに堂々としているんだ」
「私は十代の頃から王妃候補という立場でしたから、それは礼節などにも慣れていますよ」
これは半分は冗談だが、半分は事実だ。過去に学んだ宮廷作法を思い出せば、どうにかなりそうだ。
「これじゃ、どっちが王家の血を引いているかわからないな。クラウディア、正式に王として即位するかい?」
「いえ、私は軍師として陛下を支えるほうが性に合っていますので。どうか支えられやすいように王を務めてくださいませ」
「肩がこるけど、努力するよ。臣下の君たちも僕が退位したいと思わないように気を使ってくれ」
この言葉に居並ぶ者たちが声を上げて笑った。
威厳がなさすぎるのはそのとおりだが、こういう王もそれはそれでいいだろう。
「それと、南の王都のほうを統治する者が足りていないので、もっと補充してほしいと、総督から連絡が来ています。どうかよろしくお願いいたします」
総督というのは、私の父の山岳伯のことだ。誰か有力領主を南の王都のほうに置かないといけないということで、私の父に行ってもらっている。
あちらは、この副都よりはるかに大変そうだ。
「そうだな……。南部で信頼のおける家臣のリストも必要だ。ああ、これも専門の部署を作って、バックアップしたほうがいいな」
アルファードが頭を抱える。
威厳はない王だが、その分、親しみやすいから差し引き0と考えよう。
どうか、早くこの国が軌道に乗りますように。
次回最終話です。これまでありがとうございました! 14時更新予定です!