25 交渉からの帰還
私が副都に戻ってきた日、すぐにアルファードが政務庁舎の外まで出て、迎えてくれた。私が馬車から降りると、すぐ目の前にアルファードがいたのだ。
そして、人の目もあるのに抱き着いてきた。
「よかった、よかった! 無事に帰ってきてくれてよかった!」
「あの……守衛の方などもいらっしゃいますし、気恥ずかしいのですが……」
「夫婦で抱き合って何が悪いものか。しかも、クラウディアは危険な旅を続けてきたんだ。帰還を祝ったっておかしくない!」
そして、アルファードは私の手を取ると、政務庁舎専用の馬車に私と一緒に乗り込んだ。
「あの、どこに行く気ですか?」
「公邸に戻るだけだよ。クラウディアをゆっくり休ませる。もう昼だし、今日は僕も休暇を取る」
「えっ! この時期に休暇を取るって……」
「半日だけだよ。それに状況は把握できてる。中央は当初予定していた兵力の三分の一も集められないことがわかってる。この数がさらに減ることはあっても増えることはない。だから大丈夫だ」
アルファードは有無を言わさなかった。
そして本当に私がベッドに入って、休息するのを見届けるまで納得しなかった。
「まったく、これでは病人みたいです……」
私は掛布団から口より上を出して言った。
ベッドの横の小さな椅子にはアルファードが腰かけている。
「今のうちに休息していれば体を壊すこともないからね。いつ拘束されたり、王都へ連行されるかわからないような立場での交渉の旅――自分では気づいてなくても、ものすごく気疲れしているはずだ」
「それはそうですけど……おおげさすぎますよ。まだお昼ですし、さすがに眠れません」
「横になっているだけでも回復するよ。じゃあ、つまらない昔話をするから聞いていてほしい」
アルファードは視線を天井に向けながら、こう言った。
「僕の母親は今のクラウディアぐらいの年で体を壊して死んだんだ」
私は絶句した。たしかにアルファードの母はもちろん、母方の家系の話もまったく出ないので、昔に亡くなっていることはわかっていたが。
「宮廷の掃除専門の下級の侍女だったそうだよ。そのせいで王の手がついて僕を産んでからも身分が上がるようなことはなかった。いや、宮廷社会とつながりがない立場で、権謀術数が渦巻く世界に入るのが怖いから本人から避けたのかもしれない。とにかく、出産後も献身的に働いて、体を壊した」
「ご立派なお母様だったのですね」
アルファードもおそらく母親を理解できないような年で、あとで母親の死を知らされたと思う。悲しみに打ちひしがれているというより、先祖の話をするような冷静さがあった。
でも、冷静ではあっても、悲しい話であることには違いない。
アルファードの目は寂しそうだ。
「立派であろうと、死んでしまったら孝行もできない。ひどい話だよ。それにもっと長く生きていれば、いろんな人を幸せにすることだってできたかもしれない。だから、無茶をするのは勧められないんだ」
「だから、私も休息をしろということですね。人の死を持ち出されたら従うしかありません」
「そういうこと。交渉の旅だなんて、いい年をした男だって疲れ果てる。しかも拘束のリスクも高い状況下だ。疲労がないほうがおかしい。それに、これからもまだ疲れることが続く。むしろ本番なんだ」
たしかに副都からの出兵は必須になる。
アルファードを討伐する命令が出てしまえば、それに抗うにはアルファードが総大将になって、戦うしかないのだ。
そこで挙兵を渋ったりすれば、やる気になっている北部の領主すら、気勢をそがれてしまう。
「でも、軍師としては少し見解が違いますね」
私はくすりと笑った。
「どういうことかな?」
「いくら実際の戦闘が派手なものであろうと、その準備段階で決着はついているものなんです。だから、真に優れた将軍は戦闘の前に勝ちが決まるように打てる手を打ち続けるんです。私もそのつもりで活動しました」
「うん。そして、そのおかげで中部の領主も僕に相当同情的になった。むしろ、前王殺しを討伐すると謳って、挙兵するつもりの領主もいるそうだ。クラウディアのおかげだよ」
「まあ、私の言葉を聞いてもらえるようになるように、私もアルファードもこの数年、努力を続けてきたんですがね。ひと月、ふた月の突然の努力で情勢は変わりませんから。だからこれはアルファードのおかげでもありますよ」
「その言葉はありがたく受け取っておくよ」
そう、この戦いは二人の準備の勝利なのだ。
どうせアルファードも休暇を取っているのなら、少し甘えてもいいだろう。
「アルファード……ちゃんと眠りますから、横で添い寝していただけませんか?」
「それで、休息になるなら喜んで」
私は母猫に抱き着く子猫みたいにアルファードにひっついて眠った。
複雑に絡まった糸がほどけていくみたいに、心がふぅっと楽になるのを感じた。それからいつのまにか眠ってしまっていた。
◇ ◇ ◇
しばらく後、アルファードを討伐するという勅令が出たことが明らかになった。
発令の日は私が副都に帰還した日だった。犯罪者の妻となる前に帰還しておくつもりであったから、予定どおりではあった。
それと、おそらくジェフリスは最悪のタイミングで、勅令を出したと思う。
その勅令が発せられた時には、領主の過半数はジェフリスの側に立って戦わないことを決めていたからだ。
次回は7時更新です!




