23 クラウディアの理念
各地の領主に兵を集めろという指示が出たことは、すぐに副都にも伝わってきた。
ちなみに私の場合はキルアラから聞いた。仕事終わり、キルアラは人気のない部屋に私を呼び出して説明した。
「他国との戦争のためなら、北部の領主にも連絡が来るはずですから、どう考えても国内の敵――副都を狙うためだと思います」
「キルアラの予想のとおりだと思うわ」
最初に連絡をよこしたのは中部の中でも副都との商取引が多い領主だったらしい。
その領主がまったくのアルファードの味方と言えるかは怪しいところがあったが、まだ王都と副都のやりとりを見極めたいと思っていることはたしかだった。
「はっきり言って王都も危険な賭けに出ましたね。総督を消したいのでしょうが、失敗した場合、王がどうなるかわかったものではありませんよ」
まるで他人事のようにキルアラは言った。
「ちなみにキルアラは今のまま、戦争になったら総督と王、どっちが勝つと思う?」
「軍人として見れば、王です。勅令はそれだけの強さがあります。多くの勢力は積極的かは別として王につくでしょう」
「だとすると、私も殺されてしまうわね。大変だわ」
私も他人事のように返す。
「あくまでも『今のまま戦ったら』という前提で尋ねられたので、そうお答えいたしましたが、今のまま戦うおつもりはないでしょう? 両勢力が対決する状況になった場合の戦略はお嬢様もずっと考えていらっしゃったはずです」
淡々とキルアラが言った。それが正解だ。
「それはそうよ。あっさり滅ぼされるつもりはないわ。こちらが圧勝する。いえ、圧勝以上に完勝する」
戦争になって、その戦争に勝つというのは、戦略としてはそこまで優秀なものではない。
実際の戦闘になれば味方にも必ず被害が出てしまう。こちらが敵兵を殺したことで生じる恨みもあるだろう。遺児が将来、敵討ちを行うことだってあるかもしれない。
つまるところ、負けるよりははるかにいいが、問題点がないかというと、そんなことはなくて、問題点だらけなのだ。
「では、完勝というのは、どういうことでしょうか? わたくしは直接の戦闘が前提のことしか思いつかないので」
「敵が戦うのを諦めてしまうぐらいに大きな差を事前につけてしまうことよ。できるか、できないかで言えば、できる余地は十分にあるわ」
「机上論ですが、おっしゃりたいことはわかります。どうせなら気持ちよく勝ちたいところですね」
「いや、あんまりわかってもらえてない気がするわね……。こんなことで大きな戦争になってしまうとしたら、せっかくのこれまでのアルファードの努力をすべて無駄にしてしまう。だって、これはアルファードが王族でなければ、おそらく起きることのない戦争だから。アルファードが存在しただけで多くの人が死ぬなんて絶対に嫌だわ!」
存在するだけで国民を殺しまくる王族なんて、呪いもいいところだ。それに、本人がどんなに善良でも罪がないとは言えない。
それは小悪党の罪とは重さがまったく違う、そう言う者すらいるだろう。
そんな立場にアルファードを追いやりたくはない。
無論、王族だから仕方がないことなのだと諦めて慰めることもしたくない。
「アルファードがごく普通の廷臣なら、王の地位を脅かすことはありえないから、命を狙われることなんてない。総督として優秀なのが鼻についてもクビにすればいいだけで、命を狙う意味もない。でも、王族だから戦争すら起きてしまう。しかも国全部を巻き込んで! 本当に馬鹿らしいから戦争にならないぐらい完勝しないと!」
珍しく、キルアラが微笑んだ。
「お嬢様、ご立派になられましたね」
「前から多少は立派だった気がするけど」
「つけあがらないでください」
すぐに怒られた。
「幼い頃は伯爵令嬢の立場から武装して戦えない鬱憤を戦争の本を読むことで晴らしているのかと思っていましたが、今のお嬢様にはどうやって勝利するかということを超えた、なぜ勝たねばならないのかという理念があります、これぞ成長です」
それを女なのに武人であるキルアラが言うのは少しおかしい気がするけど。
「成長というより、偶然、アルファードと出会えたからでしかないけれどね。王妃となっていたら、こんなことを考えることは一生なかったと思う」
なので、ここが踏ん張りどころだ。
キルアラと話した三日後、私は多くの北部の領主を集めた食事会に出席していた。彼らを招いたのは、言うまでもなくアルファードだ。
少し酒が入り、みんなが酔っぱらわない程度に意気盛んになってきた時、
「皆さん、少し聞いていただけないでしょうか」
アルファードが立ち上がった。
「ご存じのことかと思いますが、中央で兵を集める動きが起きています。おそらく僕を討つための者で間違いないでしょう」
当然、空気は重くなる。
「変な話、僕が死ねば争いは起きないかもしれません。しかし、後任に誰がなるかはわかりませんが、今の腐敗した中央から派遣される総督が副都をさらに発展させられるとは思えません。それだけでなく、北部全体に不利益を生み出しかねない。なので、その時が来れば、僕は戦おうと思います」
アルファードが周囲を見回す。
「北部の未来を僕に託してくださいませんか?」
すぐに「もちろん!」「3000人の兵を出しますぞ!」「王都まで攻め入ってやる!」といった声が響いた。
これで北部は一丸となって、アルファードの味方をしてくれるだろう。内部瓦解ということは、ありえない。
アルファードは手堅く自分の仕事をした。
次は私の番だ。
次回は17時更新予定です!




