20 恋人のつもりで
翌年、私は20歳になった。
まだ冬の寒さは残っているが、少しずつ春の暖かさが広がってくる時期だ。
いざという時の兵の駐屯地もかねて誘致した大学は、今年から本格的に授業が始まるらしい。
アルファードは私を見て、以前の美しさに加えて、優しさが増えてきた気がすると評してくれた。
それって美しさが減ったということですかと意地悪く言ってみたら、違う違うと否定された。
「多分、母親としての意識が強くなってきてるせいだと思う。最近、乳母のところに顔を出すことが増えているだろ」
「そりゃ、母親だって認識されないと寂しいですから」
息子のエリックも少しずつ大きくなってきた。今年で3歳だが、まだ生まれてから満2年にもなってないから、これから一気に大きくなるだろう。
「それでいくと、僕もクラウディアから夫だと認識されないと寂しいんだ」
まるですねた子供みたいなことをアルファードは言った。アルファードにしては珍しい。
「だから、僕とデートしてほしい。海沿いのホテルの部屋をとってある」
「え、ええ……。それはかまわないですけど」
有無を言わさぬ感じだったので、私も同意した。
何かアルファードの中で思うようなことでもあったのだろうか?
副都の海岸沿いに背の高いホテルがあるのは知っていた。
通称、灯台ホテル。それぐらい海からも目立つらしい。
そのホテルの一階は有名なレストランで、そこの個室に私たちは案内された。
「どういう風の吹き回しなんですか?」
「吹き回しってほどじゃない。ただ、恋愛結婚に該当するはずなのに、恋愛らしいことをしっかりする前に夫婦になってしまったっていう気持ちがあってね。そういうことは今のうちにどんどんやっておこうと思ったんだ」
「言いたいことはわからなくもないですが、それっていつでもできるんじゃ?」
「そんなことないよ」
はっきりとアルファードは言った。
「これから息子のエリックは大きくなってくる。すると、君はどうしたって母親になっていく。そしたら、僕の存在感は絶対に後退していく。それは仕方のないことだ」
「まあ、そう言われてしまうと、違いますとも言いづらくはありますが……」
「だから後悔しないうちに二人でできることはしておきたいんだ」
気持ちはわかるけれど、やっぱりアルファードは焦っているように感じる。でも、はっきり愛を感じられるわけだから、悪い気分ではない。
貝にクリームソースをかけた料理が供される。一流のホテルだけあって、味も悪くない。地元も王都も内陸部で新鮮な海の幸と縁はなかった。
そういえば、私も会食をすることが多くなって、舌が肥えた気はする。
それで、ふと、アルファードが焦る嫌な理由に思い至った。
「また、中央で何か面倒な動きでもあるんですか?」
「今のところは大丈夫だ。ただ、王よりも王妃が副都をどうにかできないかとやたら動いているという話は聞こえてくる」
ああ、サローナは手段を選ばないところがある。
「王妃は副都の発展自体が気に入らないようだ。それと、最近王都でこんな噂が上がっているらしい。今の王と王妃が前王に毒を飲ませたんじゃないかってね」
それは衝撃的な話だった。
だが、前王が体調を崩したのは突然だったし、サローナならそのリスクを背負ってでもそんなことをするかもしれない。
「あくまでも噂だし、王が認めて謝罪するわけはない。そんなことをすれば自分が王の資格がないと認めることになる。だが王が王妃を切り捨てる可能性ならありうる」
「前王殺しの罪をすべて押しつけて、消してしまうということですか……」
王妃だけが前王を殺したことにすることは可能だろう。少なくとも、王妃が邪魔になった場合は。
「王は王妃のサローナを愛してないわけではないだろうが、ほかにも愛人はいる。それにサローナの親族が政治に介入しすぎだという不満も強い。面倒になってくれば違う王妃にすげ替えるということはあるよ」
それは十分に想像できた。
「なら、王妃側としてはどうするか。自分の勢力が盤石になるように大きな抗争を先に引き起こす。有事なら王妃の変更などできないからね」
私は過去に起きた大戦の理由を思い出していた。
案外、つまらない理由で起きてしまったものが多いのだ。
そして起こったものは止められない。
できうる限り、血が流れずに解決できる方法を考えよう。私はそう心に決めた。
「どうしても政治の話が入ってしまってごめん。もっと純粋にクラウディアと食事を楽しみたいんだけどね」
「仕方ないですよ。私もこうなることはわかっていて結婚したんですから」
二人はくすくすと笑った。恋人というより盟友といった感じがした。
食事を終えて、ホテルの最上階の部屋に移動した。
本当に海がよく見えた。
「とてもいい眺めです。私の地元は山ばかりだったから、今でもこの景色が信じられなくなる時があるんですよ」
「これだけ海に近いところで、しかも高さもある建物は限られてるからね。クラウディアにまだ見せられてない気がして、すぐ予約したんだ」
「なんだか、私に喜んでもらおうと必死すぎますよ」
「そうもなるさ。恋人のつもりで、君を愛するつもりなんだから。恋人のために全力を尽くすのは当然だろ」
アルファードは私を担ぎあげると、ゆっくりとベッドに下ろした。
「今日のアルファードは子供っぽい気がします」
「結婚から逃げ続けていたせいかな」
私の手に
、アルファードが手を絡めてきた。
恋人のつもりとアルファードは言っていたが、王族と伯爵令嬢が結婚する前からホテルに同宿したらおそらくスキャンダルになっただろう。
そのまま結婚すれば多少はスキャンダルも収まるだろうが、はしたないとは言われたはずだ。
そういう意味では、私たちは恋人らしいことを結婚後にしかできないわけで、今のアルファードの振る舞いも当然かもしれない。
次回は20時頃更新予定です!
 




