18 王と総督との再会<王都視点>
各領主からなる400人の兵が王都の外側に駐屯していると聞いたジェフリスは激しく狼狽した。
式典出席のためとしていろんな領主が出発しているのは把握していたが、いざ集まられると、王であるジェフリスには気味悪いことこの上なかった。
(北部の領主には来いなどと一言も通達していなかったが、来たものを追い返すわけにもいかぬ……。兄め、領主たちとともに王都を行進するつもりだな……)
やがて副都総督の名前でパレードの細かな順番までが送られてきた。
見事にアルファードの周囲を北部の有力領主たちが囲んでいる。
もし、矢でアルファードを狙って、領主を射殺するようなことになれば、連中が挙兵してくるおそれがあった。
ジェフリスはパレード中の暗殺をまず中止させた。
ほかに暗殺を狙えるとしたら、謁見の席上でだが……そこでも、もしアルファードが死ねば、北部の領主が連合して攻めてくる危険がありえた。
ここに領主たちが集まっているということは、もしもの際は攻め込むことぐらいは取り決めてあるかもしれない。
たとえば宮廷でアルファードが死んだという話が伝われば、死体を取り戻すために兵士たちで強引に乗り込んでくるぐらいはするのではないか。
そのまま、自分たちも捕らえられたりするおそれはある。
一方で王家に親しい南部の領主たちはそこまでの覚悟は持ち合わせていない。
宮廷での決行は絶対にできない。
ならば、寝込みに毒でも盛ってやろうかと思ったが……それも総督が兵士たちの監督のために、兵士の駐屯地で寝泊まりするという報告を受けて、断念するしかなかった。
ジェフリスが何もできないまま、ジェフリスの即位2周年を祝うパレードは大々的に行われた。
中でも威儀を正した北部の領主たちを、王都の民は見ることが滅多にないので、歓声をあげて眺めていた。
その様子をサローナは苦々しく見つめていた。
とくに領主たちに守られるようにして歩く総督の後ろを馬車に乗って進むクラウディアの姿が気に入らない。時折、顔を出すが、必ずほかの兵士が遮蔽になっていて、矢で狙うことはできない。
これでは副都総督の実力を顕彰するためのパレードになってしまう。
どうにか南部の領主からパレード参加の人数までは緊急で増備したが、それでも北部の兵の精強さと比べると劣って見えた。
(やはり、小手先の策を弄してでは無理だわ。軍隊で攻め寄せて滅ぼす以外にない……)
サローナも戦う覚悟を決めた。
王であるジェフリスを寿ぐ場でアルファードが出てきた時も、サローナは愕然とした。
ジェフリスの身長が低いわけではないが、大柄なアルファードと比べると小男に見えた。王の正装をしているからジェフリスが王なのは誰の目にも明らかだが、それでもどこか仮装のようなおかしさがつきまとう。
「陛下、このたびはおめでとうございます。これからも陛下の治世が長く、長く続きますように。北部の辺境からではございますが、願っております」
「うむ、貴殿の忠義はいつも、か、感じておるぞ……」
暗殺を計画していたせいもあって、ジェフリスは落ち着きがなかった。そのせいで余計に貧相に見える。
どのみち暗殺者が用意されていたところで、アルファードの後ろには北部の領主が付き従っていて、殺気を放っており、暗殺が成功させることは無理だったろう。
アルファードが多数の仲間を引き連れてやってきた時点で、この勝負はアルファードの勝ちなのだ。
「そ、それにしても北部の領主たちは遠方だから式典に参加することは免除したつもりだったのだがな、こんなに多くの者がやってきてくれるとは……」
「これも陛下の徳を慕ってのことでございましょう。我々もその王座を守るべく尽力いたしますゆえ」
サローナはジェフリスとアルファードのやりとりを見ていたくなかった。続ければ続けるほど、ジェフリスのほうが滑稽に見える。
ジェフリスは嫡子であるだけで王の器ではない――そう感じた廷臣たちも少なくないのではないか。
そして、アルファードのそばで淑女ですといった態度で、じっとしているクラウディアがいよいよ憎らしい。
そんな気の弱そうな人間ではないことはサローナも知っていた。軍の高官も読んでないような戦略や軍事についての本を読み明かしていると言われていた。
ふと、その時、それまで考えなかったことに思い当たった。
(もしかして、今回もクラウディアの策だというの……?)
だとしたら、自分はいよいよクラウディアにいいようにやられていることになる。
だが、そんなことを尋ねても答えなど返ってくるわけもない。
本音を語ってしまえばその時点で終わりなのだ。本音を直接語らない腹芸で自分たちは負けた。
(それでも、こちらが滅んだわけではないわ。まだチャンスは必ずあるから……)
サローナはあらためて闘争心を燃やした。
「ところで、兄君のことで、一つだけどうしてもわからんことがある」
ジェフリスは首をかしげながら尋ねた。
「なぜ、その娘に惚れたのだ?」
それは揶揄するというより、本当にわかりかねるという声だった。
それぐらいジェフリスとクラウディアは馬が合わなかったのだ。
アルファードの表情がわずかに硬くなった。
「陛下、人には人それぞれの好みというものがございます。自分はクラウディアと出会い、恋に落ちました。それ以上の『なぜ』を尋ねられてもわかりません」
「そのとおりかもしれんな。わかった。副都に戻って、これからも政務に精進せよ」
その言葉は今回の計画で、アルファードを狙うのは諦めるというジェフリスの宣言と同義だった。
すべての計画は丸腰でアルファードがやってくることが前提だった。
だが、すでにアルファードの移動には北部の領主たちが帯同するようになっていた。これでは政治的な影響抜きで、アルファードを消すことはできない。
副都総督アルファードと北部の領主たちはジェフリスとの謁見を終えると、当初の予定どおり、王都の外側の駐屯地に戻って、そこから北へ帰っていった。




