16 総督の激情
その日、私は自分の政務を終えて、乳母の家に行って、我が子エリックの顔を拝んだ。髪の色は金色で、私のほうに近い。
それから公邸でアルファードを待っていたが、帰宅したアルファードの顔が渋いものになっていたので、すぐに何かあるとわかった。
だが、二人きりになるまではうかつに尋ねたりはしない。働いているメイドたちが耳にすると、それを誰かに話してしまうかもしれない。
「思索に役立つ本はないかな」
そう言われて、私はアルファードとともに書庫に入った。
人の気配がなくて、静かな部屋だ。ランプの灯かりだけでは暗いほどだ。
そこでアルファードはこう、口にした。
「王の即位2周年の記念式典に出るようにと通達があった」
その表情からアルファードもまずいと感じていると、すぐにわかった。
「よほど特別なことがなければ、副都総督は王都に行くことはない。留守中に反乱でも起きれば大変だからね。何かたくらみがあると考えたほうがいい気がする」
「2周年というのも、きりが悪いですね。何度も王都に呼び出すなら、1周年の時に呼び出しそうなものですし」
これは厄介なことになった。
アルファードが王都に出向いてしまえば、その身をずっと守るのは不可能に近い。
「クラウディア、中央は何を狙っていると思う? 率直に言ってくれ」
「おそらく……暗殺かと思います」
こんなことを言いたくはなかったが、すべてを語らないとアルファードを救えない。
「もし投獄するのであれば、何か理由が必要になります。その理由があまりに理不尽であれば不満を持つ勢力も出るおそれがある。それなら、暗殺者を雇うなりして何者かに始末されたことにするのが一番安全です」
「そういうことになるだろうね。父の葬儀や慰霊祭にすら参加を求めなかったのに、このタイミングで帰ってこいというのは、含みを感じる。少なくとも、出席者を増やしたいだけという意図とは思えない」
私は書庫に並ぶ本のタイトルに目をやっていた。
戦略打開の方法はないか。まだ何か月かある。きっと、何か方法がある。
「王都からの通知、ここに持って帰られていますか? 書状を確認させてください」
まずは相手が何を言ってきているか確認する必要がある。
そこから打開策も見つかるはずだ。
「ああ、クラウディアとじっくり対応を考えたいと思っていたんだ」
アルファードは胸元のポケットからその通知を出してきた。
通知には夫妻でパレードにも参加せよといったことが書いてあった。記念式典なのだからそれ自体はおかしくないが、一方で副都の治安維持のために警察隊は残しておくようにとわざわざ書いてあった。
まるで、丸腰で来てくれないと困るかのようだ。
これは私の命もあわよくば狙ってやるということだろうな。私だけが死んでもアルファードの影響力は変わらないが、ついでに消せるなら、消してしまうにこしたことはない。
王は私を婚約破棄したジェフリス、王妃は私を目の敵にしていたサローナだ。
一緒に死んでくれるなら好都合と思っていてもおかしくない。
だが、それ以上の具体的な規定は書いていない。
記念式典に呼ぶだけだから、あまり事細かく要請するのは変だと考えたか。
なら、規定を破らずに状況を変えることはできないか?
方法は――ある。
ただ、上手くやらないと、完全に反乱軍だとみなされかねない。
しかし、敵がこちらの命を狙っている以上、こちらが断固とした態度を見せたからといって、同じことじゃないか。
敵の腰が引けない限り、おそらく戦争になる。
「クラウディア、何か策はあるらしいね」
私はゆっくりとうなずく。
「策はあります。ですが、おそらくアルファードが望むような穏便なものではありません。将来的には大きな争いになるかもしれない。でも、そのリスクがあっても私はやるべきだと考えます」
アルファードはその場で私を強く抱きしめた。
「かまわない。そうしなければ、君を守ることができないなら、選択肢なんてない」
アルファードの言葉にまったくの迷いはなかった。
「僕は総督として真面目にその役をまっとうしてきた。けれど、総督になるために生まれてきたわけじゃないはずだ。君と出会えて、何のために生まれてきたかわかった。僕が生き残らないと、君も守れない。それじゃ何にもならない!」
「アルファード……少し痛いです」
そう言ったのに、アルファードは腕の力をゆるめなかった。
こんなに激情的なアルファードは初めて見るかもしれない。
「わかりました。私たちが勝利できる方法を徹底的に目指しましょう。一切手は抜きませんから、アルファードも手を尽くしてください」
「もちろんだ。僕が築いてきた信頼や信用もこの時のためにあるんだと思う」
そのあと、私は自分の策をすべてアルファードに伝えた。
問題点もある。だが、それしか身を守る方法がないなら、しょうがない。
「まさにアルファードのこれまでの信頼が問われます。そもそも、密告でもされようものならおしまいですからね。話す相手はよくよく考えてくださいね」
「そこは任せてほしい。むしろ喜んでついてきてくれる領主の顔がいくつも浮かぶよ。もちろん、君の父上にもね」
「そうですね。お父様にも大仕事をお願いしないといけませんね」
いざ、具体的な話をしていくうちに、だんだん私もアルファードも楽しくなってきた。
どうせなら策を大成功させて、王たちの鼻を明かしてやろう。




