15 総督暗殺計画<王都視点>
王都側視点、もうちょっとだけ続きます。
「副都に兵を進めましょう、陛下」
「それはさすがにまずい。重臣たちの理解が得られん。そうなれば、兵を出せないうちに話が各地の領主に漏れて、騒動になる」
あっさりとジェフリスは妻のサローナの言葉を拒否した。
王といえども自身が直接指揮できる兵力はせいぜい2000人程度で、ほかは各地の領主から兵を集める必要がある。
確実に副都を落とすには、領主たちの同意が必要だった。
「それに、仮に副都を攻め滅ぼすことができたとして、それでは結局、この国が打撃を受けることになる。それを善政とみなす民はおらん。そんなことで評判を落としたくはない」
副都に損害が出れば、そのぶん王都が栄えるわけではない。
むしろさらに王都が貧しくなる危険のほうが高い。これでは手が打てない。
「俺の兄は自分が王族であることすらまともに主張していない。副都が直接指揮できる軍事力も増えてはいない。兄が栄えていることが楽しくないのは事実だが、どうにもならん。外縁部に仕掛けた野盗も小領主が協力して解決しおった。副都の警察隊を大幅に増員したいとすら言ってこんかった」
副都の治安維持しかできない軍事力の持ち主を反乱の疑いがあるとみなすのは、無理があった。
「兄を王都に呼んでしかるべき地位につけてしまう手もあるが、それはそれで俺と比較する奴が出てくるだろう。しかも俺の子はまだ生まれて1年ほどしか立ってない。王位継承権が第一位としても不確かすぎる」
その言葉にサローナの眉がぴくりと上がった。
「副都総督にも去年の末に男児が生まれたんです。子供の出来で負ければ、将来的に王都を乗っ取られる危険もあります」
サローナにはクラウディアが自分に挑戦してきているように映っていた。
無事に自分が男児を生み、王妃として万全な状態になったというのに、競うように総督の子供を産んだ。
総督に軍事力がないのは事実でも、間違いなく王家の血を引く有力者なのだ。
このままにしていてよいのだろうか。
「まさか……。だいたい、向こうの子供など産まれて半年もたってないだろうが。気にしすぎだ」
「このまま王都の人口が減り続けて、副都の人口が増え続ければ、双方の人口は将来的に2万前後で均衡するでしょう。その時、優秀な副都総督だった王子の息子こそが王位を継ぐにふさわしいという意識が生まれることはありえます」
一笑に付してしまいたいジェフリスだったが、15年後、20年後のことはたしかにわからなかった。
現状、王都の地盤沈下は解消できていないのだ。
もし、副都の人口が王都の人口を抜いてしまうことがあれば、国民はどういう印象を抱くだろうか?
「だが、副都に攻め込むわけにはいかん。今の国政で内戦をやることは重臣も支持せん。できぬものはできん」
「先ほど、総督を王都に呼び戻す計画をおっしゃいましたよね」
「ああ、総督の座は別に終身ではないからな」
「ならば、呼び戻すだけで、それ以外に何も与えなければいいんです」
サローナが意地の悪い笑みを見せた。
「無役ということにしても、王である俺の兄だぞ。その立場が役のようなものではないか? あいつが普通に暮らしているだけで、王にたる器だと考える者が出てくるかもしれん」
「いえ、この世から消えていただくのです」
サローナに迷いはなかった。
「王都に呼び出して殺してしまえば、それから先はどうとでもなります」
「だが、宮廷で暗殺に失敗した場合が危険ではないか? それこそ王都を脱出して挙兵されるぞ」
「宮廷でやる必要すらありません。凶暴な男にいきなり襲われたことにしてもいいんです。とにかく、副都総督を殺せば、道は開けます」
そのサローナの言葉は、ジェフリスにも変な勇気をもたらした。
「そうだな。兄さえ死んでしまえば、副都を傷つける必要も何もないのだ。総督がほかの者に変わったところで、副都は当面発展し続けるだろう。なら、国力が落ちるということもない」
「ええ、暗殺なら、兵力を考えるまでもありません。簡単に実行可能です」
そして、サローナはついでにクラウディアの暗殺も考えていた。
総督と一緒に妻が殺されても不思議はないはずだ。
(あの女のことがずっと頭にちらつくのなら、消してやればいい。そうすれば、私の邪魔をされることだって絶対にない)
「ところで、サローナ、呼び出す口実は何にする? 前王の葬儀にすら来なくてよいと言ったのだぞ。特別な理由もないのに呼べば不自然で、警戒されるだろう」
「今年の後半に陛下の即位2周年の式典があるでしょう。その時に呼び寄せればいいのです。今年はパレードも行うことにして、参加させるようにしましょう。パレードの最中、命を狙い放題です」
もし、仮病などで欠席しようものなら、それが不敬だと言い張って、総督の地位自体を解任してしまえばいい。
解任後の立ち居振る舞いは気になるが、もし王都に戻ってくればその時に暗殺すればいいのだ。
「そうだな。あの兄が死ねば、王国も安定する。これは国策だ」
これで総督を消せる。サローナもジェフリスもそう確信していた。
だが、二人は気づいていないが、これは危険な賭けでもあった。
場当たり的な所領紛争の解決は、すでにジェフリスという王の信用を領主たちの間で下落させていた。
本来、王家と親密なつながりのある南部の領主たちすら、この王の力量に疑問を持ち始めている。
もし、総督が王と戦うしかなくなった時、王を見限ったほうが有利だと判断した者が過半数に達すると、一気に流れが変わるおそれがあった。