14 王の3年目の治世<王都視点>
今回は王都側視点です。
ジェフリスが王について3年目に入った年。
この年も王都周辺の政治も経済はあまりよいものではなかった。
富裕な都市民の姿が次第に減っており、彼らの生活圏は空き家が明らかに増えていた。
そこに地方から流入した犯罪集団や、法を守る以前に生きていくだけで必死な貧民層が勝手に住みついたりして、治安も悪くなっていた。
たび重なる問題は、今年で20歳となるジェフリスの悩みと怒りの種になっていた。
4月のなかばのその日も廷臣化した小領主同士の所領争いの裁定を行ったが、負けた側ならまだしも勝った側まで、不安そうな顔をしていたので、ジェフリスは政務室にこもって、腹を立てていた。
勝訴したのだから、もっと喜んだらいいではないか。
ホーリニア王国では領主間の訴えは、北部を除いて、王が裁くことになっている。王がすべての領主の頂点に立つ存在だからだ。
本来、感謝されてしかるべきなのに、勝訴側すら懸念がまだ続くだろうなという顔をしていた。言い分はほぼすべて認めたはずなのに、どういうことなのか。
だが、実は、勝訴側が素直に喜べないのは王であるジェフリスの責任だった。
一度、勝ったからといって、負けた側がさらに裁判を続ければ、今度はひっくり返されるおそれが十分にあったのだ。
ジェフリス本人はしっかりと訴えに耳を傾けているつもりなのだが、そのせいで嘆願する側の勝訴の確率が非常に高くなっていた。
明白な加害者と被害者がいる内容なら問題ないが、所領争いや遺産争いとなると、双方が自分の苦しみを述べる。そのため、前回の勝者と敗者が入れ替わることが珍しくないのだ。
これでは安定した所領経営は行えないので、小麦などの収穫もどうしても低調になっていた。
それに、判決をさらに場当たり的なものにする原因があった。
「陛下、このたびは私の応援する大臣に勝たせてくれてありがとうございます」
人払いをしてある王の政務室に妻のサローナが入ってきた。
「俺は一応、訴状に目は通した。そのうえで、大臣側の言うほうが正しいと思ったので、勝訴とした、それだけだ」
「では、そういうことにしておきます。あの大臣は父と政治的なつながりが濃いので、ぜひとも勝ってもらいたかったんです」
サローナは自分が口入れした側が裁判で必ず勝利することを知っていた。
もっとも、サローナもあまりに是非が明らかな裁判の口入れはして、結果を覆そうとはしない。
それに、ジェフリスはあくまでも王らしく公平な裁判を行うつもりでいるのだ。
露骨に結果をゆがめようとすると、妻であるサローナにも声を荒らげる。そんな無意味で不快なことはサローナは行わない。
だが、どちらが勝つかわからないような紛争の勝ち負けをコントロールすることはできる。特定の候補がかわいそうだと情に訴えかけるのだ。
すると、確実にジェフリスは王としてかわいそうだとサローナが言っていた側に勝たせる。
もちろん、サローナはその候補から事前にお金をもらっているというわけだ。
その時代の権力者が政治を左右するのは当たり前のことだが、その権力者に長期的な展望と理念がないことは問題だった。
サローナと密接に結びついた者以外は、将来的に所領や権益を維持できるか、予想もつかないので完全に困惑していた。
「ところで、陛下、近頃この国で聞こえてくるのは副都が発展しているという話ばかりなのですが、このままでよいのですか?」
サローナは少し不満げな顔を見せた。
そのサローナの顔に手を伸ばそうとしたジェフリスも、その手を止めるしかなかった。
「副都もこの国の一部だ。発展しているというなら、よいことではないか。首都が南に寄りすぎているから、副都を北に作り、二つの極で、国を栄えさせる――それがこの国の創建当初からの200年続く設計思想だ」
副都は初代の王の時代にすでに計画されたものだ。
「しかし、副都がこのまま栄え続ければ、それは陛下の威厳を損ねるものになるのではと危惧しています。とくに最近、北部の民の一部は副都を『北都』と呼んでいます。これは一つしかない王都が二つあると言ってるようなものです」
その言葉は、たしかにジェフリスにとっても楽しくないものだった。
都は一つしかないはずである。二つあるうちの一つを治めていると言われたら面白くない。
「あまり副都が力を持ちすぎないように、打撃を与えておくべきではありませんか? 副都の防御力はたかが知れています。副都はこの王都と違って、まともな城壁だってありませんし」
サローナの頭には、副都総督の妻となったクラウディアという女のことがあった。
はっきり言ってあの女が気に入らないのだ。
(自分はずっと嫡男の王に見初められるように努力したのに、あの女は伯爵令嬢というだけで、婚約者の地位を得た……)
あいつは努力もせずに成功を手に入れようとしていた。
(だから自分は徹底的に努力をした。陛下を惚れさせたし、前王に毒を盛るという危ない橋まで渡った……)
なのに、またしても副都総督の妻として、自分こそが栄えている都の主だという顔をしている。
自分に対する嫌がらせとしかサローナは思えなかった。
「副都に兵を進めましょう、陛下」
次回は明日朝7時更新予定です!




