10 早朝のデート
クラウディアの一人称に戻ります。
朝起きて、アルファードと顔が合うと、今でも少し照れてしまう。
「あっ、おはよう……クラウディア……」
それはアルファードも同じのようで、顔を赤くしていた。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
「同じベッドで寝ているせいで、クラウディアのことが気になって安眠とはいかないな……」
あっ、余計なことを言ってしまったか。でも、今の私はパジャマに着替えているし、総督の妻として品位を失うような状態ではないからいいだろう。
「けど、眠りの質はいい気がする。きっと、愛する妻がそばにいるからだな」
「あら、歯が浮くような言葉ですね」
「そんなことはないさ。本心だよ」
ベッドの中で私は寝起きのアルファードにもう一度抱き締められた。
「朝の間、ずっとこうしていられたら幸せなのにな」
「それは無理ですね。私ですら、仕事があるんですから」
今の私は政務庁舎の別館にあたる場所で簡単な事務作業をしている。
そこで段取りなどを学んで、やがて女性特有の問題を専門に扱う部署に配属されることになっていた。
総督の妻ということで、部下からはお飾りのようにされるかもしれないが、それでも役職を与えられるのはありがたい。仕事があるほうが張り合いが生まれる。
今の私たち夫婦は総督公邸で暮らしている。
政務庁舎にアルファードが暮らしているのは、いわばイレギュラーな措置だったわけで、ようやく総督公邸が本来の使われ方をするようになったわけだ。
土地面積だけなら、山岳伯の屋敷のほうが広いが、あそこは庭が広がっていたからというのも大きい。副都の中で、そんな広大な庭は用意できないから、山岳伯の屋敷に勝てないのはやむをえない。
ただ、山岳伯の屋敷は公務をとるための場所も混ざっていたので、生活のためだけの空間では今の総督公邸のほうがずっと広い気もする。
何が言いたいかといえば、今の住環境に不満はないということだ。
それ以外のところでは不満もなくはないが……。
「ん? 何か嫌なことでもある?」
アルファードに見透かされた。
「クラウディアの機嫌はだいたい表情に出るからね」
「今日も夕食は会食でしたよね。夕餉の卓を一緒に囲むことがなかなかできないなと思いまして」
政務が忙しいのは仕方がない。総督なら、食事を誰かと一緒にとるのも仕事の一部だ。
それはわかっているが、新婚なのに二人でいられる時間がろくにとれないのは寂しいものがある。
幸せの中にも、人間は不幸せを見つけてしまうものだ。
「いえ、わがままなのはわかっていますので、気にしないでください。まったく時間がとれないわけではありませんし……」
実際、こうして寝起きの頭を胸に抱き留められている。
ただ、総督とその妻という立場は、「公」の立場が強すぎて「私」の時間がとりづらいのは事実だ。
総督とその妻が買い物をするだけで注目を浴びすぎるので、買い物を楽しむのも難しい。
やむを得ない問題ではあるが、どこかで折り合いをつける方法を学んだほうがよくはある。
「わかった。クラウディアの言いたいことはもっともだ。休日を一日とるのは難しいが、考えがなくはない。二日後、デートをしよう」
「二日後? いくらなんでも性急ではありませんか? お仕事のやりくりができないでしょう?」
「いや、大丈夫だ。ただし、いつもより早起きをしてもらわないといけないけど、いいかな?」
私はよくわからないまま、「それはかまいませんが……」とうなずいた。
そして二日後。
私が早朝に起きると、もうアルファードはベッドにいなかった。
早く起きろと言っていたけれど、まさか遅いから先に出ていったなんてことはないだろうと思って食堂に入ると、すでにテーブルにはいつもよりずっと豪華な朝食が並んでいた。
その横にアルファードも立っている。
「お嬢様、最高の朝食を用意いたしました」
「なるほど、早朝と言ったのはこういうことですか。総督もご臨席ください。一緒に朝食を楽しみましょう」
私も持ってまわったような口調になって、アルファードに席を進めた。だって、私一人が接待されても意味がないからだ。
少し豪華になっただけで朝食が特別なものになった。
「ありがとう、アルファード。たしかに少し時間の使い方を変えるだけで、二人の時間も作れるものですね」
「いや、これは始まりだよ。僕はデートと言ったはずだ。さあ、行こう」
いぶかる私をアルファードは馬車に乗せた。
到着したのは副都の青果店だ。まだ、開店時間には早いと思うが……。
だが、店主はすべてわかっているという顔で、特製のフルーツジュースを出してくれた。
「あれ……? ジュースまで? このような商品も扱われているんですか?」
よく日に焼けた顔の店主が快活に笑った。
「今日は特別です。職業柄、開店はもっと遅くても商品の仕入れは日の出前からやってますから、こちらとしてはジュースを用意しただけです」
「何店舗かに協力してもらったんだ。これなら、あまり人の目に触れずにデートができると思ってね」
アルファードは楽しそうにそう答えた。
「勤務時間には僕は一度抜けるけど、夜は二人で夕飯にしよう。
「なるほど。素晴らしいスケジュールですね」
そのあと、私たちは事前に連絡がしてあった、正規の開店より少し早い宝石店や服飾店を見て回った。どこもアルファードが事前にお願いをして、特別に開けてもらっていた。
勤務時間に合うように私たちは一度別れた。私も職場で事務作業をした。
早起きのせいで少しだけ眠かったが、朝がとても充実していたので、不満はちっともなかった。
夜にはアルファードが遅れずに帰ってきてくれた。
晩餐の用意は私もキルアラと一緒に手伝った。今度は私が笑顔でアルファードを迎えた。
「お待ちしておりました、総督」
「ありがとうございます。今宵は素晴らしいひとときを過ごしましょう」
夜に出た葡萄酒はいつも以上においしかった。
「わずかな機転でなんでもない日がこんないい日に変わるんですね」
「でも、機転だけじゃ足りないんだよ。クラウディアも楽しもうとしてくれたから、成功したんだ」
アルファードとなら、これからも長く幸せに、そして楽しく過ごすことができると確信した一日だった。
次回は本日17時更新予定です!




