1 武門が受けた屈辱
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「納得がいきません!」
私は呼び出された先の王子の執務室で大きな声をあげた。
はしたないことぐらいは自覚しているが、それでも黙ってはいられなかった。
自分の金色の髪が揺れたぐらいだった。
「クラウディア、お前が納得するかどうかは関係ない。もう決まったことだ。俺とお前との婚約は解消する。お前の父親の山岳伯家の当主エルクス殿にもその旨を伝える早馬は飛ばしている」
涼しい顔で、まるで仮面でもかぶっているように表情を変えずに、王子――先ほどまで私の元婚約者だった男、王家の嫡子ジェフリス――は答えた。
「せめて理由をお聞かせ願えないでしょうか。この私、クラウディアにも理由を尋ねる権利ぐらいはあるかと思います」
私はふるえる手を握り締めて、尋ねた。
頭でさっと考えてみたが、わかりやすい理由は思い浮かばない。
別に王子と対立したこともない。政略結婚だから真実の愛などと呼べる部分はなかったが、口ゲンカすることもなく、これまでの婚約者の前例にあわせて、会食したり出かけたりしていた。
実家の山岳伯家が王都の政治で失脚したわけではない。
そもそも遠方の大領主である山岳伯家は王都で閣僚に任命されることもないので、失脚のしようがない。
「ああ、理由か。簡単なことだ」
ぱんぱんとジェフリス王子は手を叩いた。
それで執務室に入ってきたのは、財務次官の娘サローナだった。私と同じ17歳だったはずだ。
今、流行している裾の広いドレス姿だ。やたらと宝石がちりばめられていて、今から舞踏会に参加するかのように華やかだ。
ただ、それがどちらかというとケバく感じるのは、私と彼女の仲があまりいいものではないからだろう。
なんでも、私が婚約者に選ばれる前から、このサローナは王子に見初められる努力をしていたという話だった。それで私は目の敵にされていたのだ。
そのサローナをそばまで呼び寄せると、王子は肩に手を回した。
「あら、ジェフリス王子、いけませんわ。数は少ないとはいえ、人の目がありますわよ」
わざとらしく、サローナが私のほうを見た。
「こういう理由だ。この俺が真に愛するべきはサローナだとわかった。教会の教えにもあるだろう。不実の愛のために生きてはならないとな。なのでお前と婚約を続けるのは難しいと考えた。結婚後に浮気をしてしまうぐらいなら、結婚しないほうがいい」
なるほど。こちらがこうむる迷惑を無視するなら、筋は通っている。
問題は明確な理由もなく、王家と領主の家の婚約を解消できるわけがないということだ。
「ほかの女性を好きになられたということであれば、やむをえません。しかし、このことは王はご存じなのでしょうか? 私と王子の婚約も王が決定されたものですから……」
結婚は個人間のものではない。はるかに政治的なものだ。
私と王子の婚約も、たしか王が決めたはずだ。
本当に王子のわがままが通る話なのだろうか?
「ああ、お前はしばらく田舎に帰っていたから知らんのかもしれんな。そうか、そうか。外に話があまり漏れないように取り計らっていたのだった」
王子は楽しそうに笑った。
「我が父である王は先月、急に倒れて以降、危篤状態でな。すでにどうにか生きているだけといった状態なのだ。医者の話ではひと月ももたないという話だ。つまり、王位継承権が第一位の俺がすべてを取り仕切ってかまわないということよ」
不明な点はそれで消えた。
誰の邪魔も入らなくなった王子は婚約者も私からほかの女に変更することにしたのだ。
しかし、これで「わかりました」と退出するわけにはいかない。
これからのわずかなやりとりで、私の未来にもずいぶんと影響が出てしまうのだ。
自分を守るために、もう少し戦わないといけない。
「話はわかりました。ただ……誰の目から見てもわかる失点もないまま婚約者の座を外されるのは……私だけでなく山岳伯家全体の恥辱とも言えます。どうか、私に非がないということは告知いただけませんか?」
もうすぐ王になる王子は、不快そうに顔をしかめたが、小さくうなずいた。
「わかった。お前の家には違約金として十分な額の金を送ってやる。理由も『真実の愛に目覚めてしまったがために、あえてそちらを優先した』と発表してやる。それで文句ないか?」
「はい、本当に助かります。それであればほかの殿方を探す時に変な探りを入れられずに済みますので」
「そんなに男が好きなのか。一回ぐらい記念に抱いてやってもいいぞ?」
にやにやと王子が笑った。サローナまで一緒になって笑っている。
「殿方と違って、貴族の女性は20歳を過ぎれば少し結婚が遅いと思われてしまいますので。私もすでに17歳ですから、急いで次の婚約の話を進めねばならないのです。それこそ、一族の名にも泥を塗ることになりかねません」
腹が立つのをこらえながら、私は模範的な回答を口にした。
婚約破棄の事実を変えられないにしても、後始末をどうするかで私の前途はまったく違うものになってしまう。
「王都の知り合いなら紹介してあげてもよくってよ」
サローナが実に楽しそうに言った。
「あなたも田舎の出身にしてはきれいな顔をしてらっしゃるから、お相手は見つかると思うわよ。高級娼婦にでもなれば、権力を握れるんじゃなくて?」
「それ以上の侮辱はおやめください。私は武門の出ですから。私は無力でも恥をかかされたとわかると一族が余計なことをしないとも限りません」
私はどうにか淡々と答えたが、もし私が男で帯剣していたなら、切りかかっていたとしてもおかしくなかったと思う。
少なくとも、武門の男はそういう教育を心構えの次元でなら本当にされる。
「ああ、北部の武門の家は、恥をそのままにするぐらいなら、命懸けで戦場に出るのが当たり前だったらしいな。別にこちらもお前の家を貶めるメリットはない。今のは言葉の綾だ。せいぜい、実家でゆっくり傷心を癒せ」
どのみち、王都にいる理由はなくなってしまったし、私はすぐに帰るしかなさそうだ。
序盤なので、本日中に3~4回投稿予定です。




