党想《とうそう》
暗い森の中を走る。幸い、こちらには『目』がある。夜行性の動物よりも夜目が利く。有利に逃げられるはずだと思っていると、あの二人は闇も木々も関係ないかのように追ってくる。
(早っ!? これが経験の差ってやつ?)
と、走りながらグラサンが懐から何かを取り出す。何本かの棒。鎖で繋がれている。タケトは逃走しながらも、目の端でそれを確認した。
(あれってもしかして三節こ…)
そう思った時、グラサンは立ち止まり、構え、武器を飛ばす。それは物理法則を無視するかのように、鎖は伸び、木々を避けてタケトを狙う。
ガンッ!
なんとかギリギリで躱した。棒は近くの木に突き刺さる。
(なんて威力だよッ!てか、何節棍だよッ!)
ちなみに九節棍であり、棒の中にしまわれた鎖が出て伸び、霊力で操作している。
(あれ?金髪の姿が)
ガサッ
「うわぁ!?」
金髪が木の上から襲って来たのだ。またもや既の所で躱し、ひたすらに逃げる。
(くそ! こっちは攻撃出来ないし埒が明かない。師匠のとこまで逃げるしか…)
ドンッ!
またもや棍が飛んでくる。一発一発の間隔があるが威力がデカい。
ヒュン… バキバキッ!
金髪が石を投げてきた。霊能力とかあったもんじゃない。あいつ、普通にただのヤンキーなんじゃね? などと考えながら走る。
バキャンッ!
投石が何かを破壊したようだ。音のした方を見ると、祠のような物が崩れている。なんて罰当たりな、と思うや、そこから妖気が現れる。そして、その妖気は目の前に猿っぽい化物として具現化した。タケトは考えるよりも早く左腕で攻撃する。
(妖怪相手なら構わないよなっ!)
しかし、躱すというよりも、元々襲ってくるつもりはなかったかのように、その化物は去ってしまった。
(え…? どゆこと?)
ヒュンッ!
またまた飛んできた石を左腕で薙ぎ払う。そしてタケトは気がついた。
「はっ! そうだよ。人間を攻撃さえしなければいいんだ。石ころや棒切れを叩き落としても問題ないじゃん!」
目で視て左腕で薙ぎ払う。今のタケトは感覚が研ぎ澄まされており、彼らが角度をつけてタイミングをずらして攻撃しても最早無意味であった。終いには石を打ち返して、棍を掴んで引っ張り取り上げた。
「まだ、やりますか?」
タケトが姿の見えぬ二人の男に提案する。観念したかのように、二人は両手を上げて投降してきた。そして意外な言葉を言う。
「さすが、ヒジリさんが自慢するだけはありますね」
「お前、結構やるじゃねーか。まだまだムラっ気があるが見込み十分じゃね?」
さっきまでとは全く気配が違う。なんか、むしろ友好的? 騙し討ち? そんなことを思っていると彼女がやって来た。
「どうだい。私の新しい弟子は? なかなか面白いだろ?」
ヒジリが上機嫌で自慢している。これはいったい…
「すまんな。こいつらは私の元弟子。お前にとっては兄弟子ってやつだな。仕事がてら紹介してやりたくて呼んだんだ」
紹介って、こういうことじゃないと思う。呆れと怒りがぐるぐるもやもや。タケトは大きなため息を吐くのであった。
「あ、んじゃさっきの猿も二人の式神とかですか? いきなり出てきていなくなるから、びっくりしましたよ…」
え?と今度は三人が驚く。
え?とタケトも驚く。
壊れた祠の場所へと案内し現場を確認した。グラサンはグラサンをくいっとしながら呆れ、師匠はこめかみの青筋がぷるぷる。金髪はこそこそ逃げようと… したところを師匠に捕まえられた。
「タケ、見つけられるか?」
「やってみます!」
祠に残る妖気。そこから足跡のように続く僅かな妖気を辿る。気が緩むと見失いそうだ。
「へえ。犬みたいだな」
金髪が茶々を入れる。そして、師匠に止めを刺された。
「あっちです!」
村の方向へと続いている。強さは大したことなさそうだったが、特性もわからない。何がどう変化するかもわからない。呪いや妖怪の討伐に時間をかけることは危険なのだ。村に被害が出る前になんとかしなければならない。気を失った金髪を置いて、三人が走る。
「いた!」
猿っぽいと思っていたそれは、短時間のうちに禍々しく変貌していた。鋭い目付きに牙や爪。何より妖気が攻撃的になっていた。口の周りが赤く濡れている。
「どうやらその辺の獣を食らって成長したようだな。不用意に近づくなよ」
結界の張ってある村には入らずに、まるで自分たちを待っていたかのようにこちらを向いていた化物。獣を吸収した時に知恵も獲得したのか、より強い霊力、妖力を得ようとしているらしい。
(もしかして人間を…)
タケトにそんな不安が過る。早く退治しなければ。自分のこの力ならやれる。兄弟子二人相手にもいけた。自分は強い。自分がなんとかしなければ。そういう思いに駆られ、一歩踏み出した。すると
「動くな!」
師匠が叫ぶ。しかし一瞬遅かった。化物が設置したのだろう罠を踏んだ。触れると大きくしならせた木の枝が襲ってくるという簡易なものだったが、焦っていたタケトは微動だに出来ない。やってしまったと後悔し目を瞑つぶろうとしたら枝が粉々に破裂した。グラサンが九節棍で破壊したのだ。
「その場所、いいですね。そのまま動かずに」
その声に反応したように後ろに、自分たちが来た方向に大きな霊力が現れる。タケトがそれを確認する間も無く、その霊力が光を放ちながら真横を通り抜け、化物を貫く。手足の先が少し残る程度に貫かれた化物。その残った手足も黒い霧になって霧散した。一瞬の出来事だった。
「さすが」
師匠が呟きニヤリとする。それがあの金髪の術だと知るのは、後始末が終わってからだった。