皆覚《かいかく》
「まったくもってなってない! ぜんっぜんありえない!」
ミサトの怒りの声が協会のフロアに響き渡る。彼女のことは、この1ヶ月ちょいですっかり有名になっており、いずれは彼女が協会の実質的支配者になるだろうと笑い話のネタになっていた。彼女の大声を聞いた先輩方に背中を押され、タケトは嫌々ながら事務室へと向かう。
「ちょっとタケト! ほんとにこんなシステムで仕事やってたの? そりゃあんたも大怪我するわよ… ちょっと会長に直訴してくる!」
先輩事務員は完全に言い負かせられたようで、下を向いて黙っている。シラベさんに至っては半泣きだ。だが、さすがに手続きもせずに直で会長に会いに行くのはマズイと止めに入る。
「ちょ、ちょっと待って。気持ちはわかるけど落ち着いて。ちゃんと手続きして意見した方が心証もいいはずだから…」
タケトの制止になんとか思い止まり、むすっとしながらも席に戻る。が、あれほどの大声、会長も気付いていたらしく後日会長の方から面会の申請が来ることになった。前代未聞である。
新しいものを敬遠せずに、良いものはしっかり取り入れていこう派の会長と、慣例やしきたりに拘らず効率重視派のミサトは思った以上に気が合ったようで、話がとても盛り上がり、その後直ぐに幹部会が開かれ大改革が行われることとなった。
「実質的支配者になるだろう」と笑っていた術師たちも、もはや笑い話しではなくすぐそこまで来ている現実なのだと冷や汗をかく。ちなみに、事務員たちは仕事が効率化すれば術師たちに謝罪することも減るだろうと期待しているようだ。
時は夏休み、暑いそして熱い季節が訪れていた。
マヤたちは県大会二回戦で強豪校とぶつかり、善戦するも敗北。世代交代してチヨが部長、マヤは副部長になった。マッつんとコマちゃんは、後輩と団体戦レギュラーの座を争っている感じらしい。この夏は秋の新人戦に向けて部活三昧のようだ。
タケトたちはというと、ヒデは相変わらずマヤに想いを伝えられずにいるが、親の仕事を手伝い充実している。ノブはマッつんとうまくいってるらしいが、この夏は祖母の介護をしっかりやると決めていたそうで、あまり会えないだろうと言っていた。ヤスは既に来年の受験に向けて勉強に集中。彼女とは志望校は違うようだが問題ないとのことだ。
「皆それぞれ充実してるね~」
タケトは簾の下がった縁側に座り、足に日光を浴びながらアイスを食べている。その隣にはチヨが同じようにして座りこちらもアイスを食べていた。
「中身の濃さで言えば、タケが一番じゃないか? 大会の時はありがとうな」
やや斜めにタケトの方を向いて、笑顔でそう伝えるチヨ。汗が太陽できらめいて爽やかな色気を演出する。タケトはなんとか自制心を保ち話しに集中する。
大会、若者たちの純粋な思い。負けたくないという思いは、時に負の力へとねじ曲がってしまうこともある。妬みや恨み、そういうモノが大きな大会では集まりやすい。それは伝播し、時に人の感情を強く刺激したり、大きな怪我を引き起こしたりもする。タケトは応援しながらもそういうモノに注意して、邪気を滅していたのだ。
「一番頑張ってたのはコイツだけどな」
と言って、タケトは後ろを指差す。そこには買い物から帰ってきたマヤがこっそりと近づこうとしていた。「バレたか」と舌をだし、両手に持っていたキンキンに冷えた缶ジュースを二人に渡す。
「アイス食べてたならいらなかったかな?」
「いや、ありがたくいただきます」
そのマヤの肩の上には飫弄がダルそうに伸びていた。邪気祓いに活躍した功労者は暑さに敗北しそうになっていた。
「ヨルもありがとな」
チヨが手を振ると、飫弄は力なく尻尾を振った。その姿に三人は苦笑する。しばらくの間、宿題やら部活の今後のことやら何気ない会話をしていると、聞き慣れたバイク、隼のエンジン音が響き近づいてくる。
「叔母さん帰って来たね。お昼は素麺でいいかな?」
「はーい」と二人が揃って答える。まだまだ夏は始まったばかりなのに、今年は実に暑い。今日などは既に真夏日となっていた。
「あー暑い暑いアッツ~い! お、チヨちゃんいらっしゃい。しっかしタケト、ほんとにミサトは凄いな。本部がえらいことになってたぞ」
ヒジリが汗だくで気温に文句を言いながら、しかし嬉しそうに協会でのことを話す。ミサトの提案は的確で、会長や他の事務員も納得するシステムだった。試しに数人の術師たちに協力して運用させてもらったが、これなら下準備もしやすいと好評。ヒジリもその協力者の一人だったのだ。
「伝承や文献を様々な項目毎に纏め、ネット上でのヒット数も常に更新して、過去の事例もリンクさせて、その上で最適な人選を行う、か。時代は進んだものだ…」
ヒジリはたまに年寄りくさいことを言う。AIの導入と言ってしまえば簡単だが、協会のその特殊性から外部とは独立したネット環境。大手検索サイトとのリンクもアウトの中での新システムの提唱は画期的だった。タケトが少し呆れながら
「ミサトが言ってましたよと『いくら歴史が古いからって、体制も古いままじゃ進歩は出来ません。良いものがこれだけ積み重なっているんですから、ちゃんと利用しないと先達に申し訳ないでしょう!』って。伝統を潰すんじゃなくて、ちゃんと敬った上で改良させて頂きますと」
「入って直ぐの新人、1ヶ月の研修の後に経営改革だぞ? あれ見たら普通の大人はヘコむよ」
ヒジリはずば抜けた霊能力で猛スピードで昇進した、ある意味では改革者とも言える。ミサトとは通じるところがあるだろうと思っていたが、そういうわけではなかったらしい。それにしても、彼女のご両親の会社は実質彼女が動かしていたというのは本当だったようだ。彼女の経営手腕は協会の外にも少しずつ広まりつつあった。なんならこの夏一番充実するのはミサトだろうとタケトは思っていた。
「で、話しは変わるが、お前ら海行かない?」